蝶とエルフ
KAJUN
1 リモート・ビューイング
わたしの名前は、マララ。
ノクターナル王国のエルフ族のひとり。魔法騎士。まわりからは『金の髪のマララ』とか『エルフの魔法姫』なんて呼ばれてる。
いつも冷静なので、『氷の女』なんて呼ばれることも……。でも本当は、そんなに冷たくないんだけどなぁ。
他のエルフと同じく、人間より背は高めで、耳の先が尖ってる。自分の好きなところは、この金色の長い髪。いつも手入れをかかさない。
わたしは今、ひとりで部屋にこもり、
目の前には、液体の水かと思うほど、やわらかく透きとおった水晶球がある。騎士団から、王家
「さーて、なにを透視してみようかな……」
魔法の先生からは、
『最初のうちは、イメージしやすいものや、大好きなものを思い浮かべると、上達しやすいわよ』
と、アドバイスをもらってる。
「……うん、そうだ」
決めた。わたしは大好きな親友、ナイアの子供時代を見てみることにした。遠隔透視は、空間を超えて透視するだけでなく、時間も遡ることができる。
心を集中すると、やがて水晶玉にナイアの姿が現れた。
「きゃぁっ」
思わず叫んでしまった。
子供時代……十二歳くらい。燃えるような赤いマッシュのショートカットは、今と変わってない。大きな剣を背中にしょって、堂々と胸をそらしたその立ち姿は、女の子なのに美少年にしか見えない。
今よりももっと生意気そうな顔をして、赤い瞳を
(だめ! かわいすぎる!)
わたしはベッドにダイブして、枕を思いっきり抱きしめて、身もだえした。
(いけないいけない。透視が進まない)
もう一度、机の前に戻って、集中した。
十二歳のナイアは、森の広場にいるようだ。ノクターナル王国は一日じゅうが夜なので、頭上には星空が広がっている。長袖の男服、しっかりした革靴、大きなザック……旅に出るような格好をしてる。
そのナイアのまわりを、マントを羽織った背の高い大人のエルフたちが、等間隔に距離を置いて、ぐるりと取り囲んでいた。
(なにかの儀式みたい……)
わたしはどんどん、この過去の映像のなかに引き込まれていった。
(声も聞いてみたいなぁ……)
わたしはテレパシー能力を同時に働かせて、映像から音声を読み取ろうとした。するとすぐに、人々の話し声が伝わってきた。
「心の準備はいいかい? ナイア」
「俺は、いつでもいいぜ!」
勢いよく答えたナイアに、わたしは、ぷっと噴きだしてしまった。
今でこそナイアは自分のことを「私」って言ってるけど、この頃は「俺」だったんだよね。
今から考えれば、おかしいけど、かわいい。
「俺、三回目なんだぜ? もう馴れっ子だよ!」
「愚か。そのような慣れこそが、油断につながり、間違いを生むのだ」
「はーい」
と、ナイアは返事してから、
(そんな
と、小声でぼやいた。
「なにか言ったか?」
「いいえ」
「三人で力を合わせ、任務を
「はーい」
三人? 他のふたりはどこにいるのだろう……。
わたしはすこし視野を遠ざけて、儀式全体を見回した。
この輪のなかに、わたし自身はいなかった。十二歳のわたしは別の場所にいて、自分の仕事をしていたから。
儀式がはじまったので、わたしはあわてて視角を戻した。
全員の口から、ろうろうとした低い声で、同じ詠唱が繰り返されている。ひとり、またひとりと、
放たれたすべての光が、中心のナイアに集まってゆく。魔法の光は、光の糸となり、リズムよく、規則正しく編み込まれて、ナイアの周囲に卵形の
しばらくすると、ナイアは光の繭につつまれて、完全に見えなくなった。
光は収まり、エルフたちは腕をおろした。
ナイアのいた場所には、驚くような物体が完成していた。花のつぼみのような形で、上と下はとんがっていて、まんなかはふくらんでいる。そして何の支えもないまま、空中に浮かんでいる。
それは黄金色に輝く、『さなぎ』だった! 人の背丈よりもはるかに大きく、ナイアはその中にすっぽりと収まってしまった。
急に、エルフたちの詠唱が止まった。
祭祀長が高々と両腕をあげ、最後の呪文を唱えた。
「――
瞬間、儀式の輪を残し、黄金のさなぎはその場から完全に消失した。
わたしは急いで、さなぎの行方を追った。
心を集中していると水晶玉のなかに、異次元空間を超高速で移動する、黄金のさなぎが見えてきた。さなぎは異次元航行のための、生命維持ポッドなのだ。
雲が折り重なるような多次元の闇のなかを、さなぎは光速に近いスピードで飛んでゆく。
やがて目的の次元に近づくと、徐々に速度を落とし、ついには止まっているかと思えるほど、ゆるやかな慣性飛行になった。
しばらくすると、まるでつぼみから美しい花が咲きひらくように、黄金色の一部が大きく裂けて、そのなかから、かがやく蝶の羽を広げ、ナイアが姿を現した。
新生したナイアは全身に水のような光をまとい、
背中の羽には、光の粒がみなぎり、網目模様を描いている。この羽は、エルフたちの光魔法のエッセンスが凝縮したものだ。 『さなぎ』は超高速移動のためのものだが、『羽』は、ゆっくりした次元降下のために使われる。
次の瞬間、ナイアは迷わず飛び立った!
四枚の羽をはばたかせながら、ゆっくりゆっくり降下してゆく。
はるか下方に、次元の裂け目が輝いて見える。その裂け目に入れば、別世界に出られるはずだ。
でもその前に、裂け目のまわりに、黒い霧のようなものが渦巻いていた。
わたしは目を見張った。
(――邪霊!)
それは亜空間のもっとも低い場所にたむろする、低級な魔物どもだった。頭が異様に大きいもの、手足の長いもの、潰れたようにひしゃげたもの……どれもがゆがんだ鏡像のような奇怪な形をしている。
天から舞い降りてくる光の蝶に、いちはやく気づいた邪霊たちは、この可憐で魅惑的な獲物を食い尽くしてやろうと、醜くよだれを垂らしながら襲いかかって来た。
わたしは思わず叫んだ。
(ナイア!)
わたしの声は、過去へは届かない。
けれどナイアには、これは想定済みの事態だったようだ。ちっともあわてずに、いつものように生意気そうな、ふてくされたような顔で邪霊たちをにらみつけると、背中から聖剣スカーレットメテオの、真紅の
「やぁぁぁぁぁーーーっ!」
真っ直ぐに叫びながら、ナイアは次々と闇の邪霊たちを斬り裂いていった。
斬られた邪霊たちは、黒い煙のように流れ、闇の底に消えてゆく。
羽をひらめかせ、光の鱗粉を散らしながら、ナイアは亀裂の底へと降りていった。
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お読みくださいまして、ありがとうございます!
【挿絵】
マララと水晶玉
https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818622173113563987
(近況ノート)
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