生誕の地で少年オッシがマンティコラを退治する事(1)
赤毛のオッシはこの街で生を受け
偉大なる旅路の第一歩を踏み出した
あどけなさを残したその顔つきで
立ちはだかる強者へと
抗う意志を宿した眼差しを向ける
かの恐ろしいマンティコラを撃退し
街の人々からの万雷の喝采を浴びていた
********
オッシの生誕地を記した文献はあまり多くない。僅かな記述を照合すると、大陸の中央部、帝国で言えば西方に当たるガリチェン付近の可能性が高いらしい。ガリチェンは、今では商業が盛んで豊かな街なのだが、オッシが活躍した当時はまだ帝国の辺境だった。当時の皇弟デルフィノスが治めていた地域であり、オークやゴブリン、そしてワイバーン等の怪物が跋扈していたらしい。皇弟デルフィノスは知勇兼備の人物で、厄介な怪物達を退けて帝都を守護する役目を担っていたとか。そんな所謂「蛮地」と隣り合わせの場所に英雄が生まれたという訳である。
魔術学院の総本山があるニウェウス(同じく大陸中央部にあるのだが、どちらかと言えば東よりにある都市)からガリチェンまでの行程は、四泊を要する大旅行だった。もちろん学院から許可を得た調査旅行なのだから、馬も食料も路銀も用意してもらえたのだけど、故郷とニウェウス以外を知らず、旅行経験乏しい身からすれば、快適とはほど遠い移動と、美味しくない煉瓦のようなパンばかりの日々は、拷問以上の何物でもなかった。
ヘトヘトになってガリチェンに到着すると、まずは魔術学院を訪れて食事と宿の提供をお願いした。元々、馬に乗る事に慣れていなかったので、中間地点にあたるホニの街までは特に大変だった。私のお尻が倍の大きさになる前に、ホニで馬を売り払い(学院には何か適当な言い訳をすればいい。旅にはハプニングがつきものなんだから)、そこからは乗合馬車でここまでやってきたのだった。馬はあまり高くは売れなかったが、それでもソコソコの臨時収入を得たので、書庫に行く前にガリチェン名物が並ぶという大通りに向かうことにした。
この旅で私にとっての最も大きな収穫は、ガリチェンの書庫ではなく街に出向いたことだった。地方の学院の書庫にはもちろんそこにしかない地域限定の書籍もあるにはあるが、件の魔導師が言う「現地調査」とはそのことを差してはいなかったのだ。市井に飛び込んで現地の人々から話を聞くことだったのである。考えてみれば、オッシが生きた時代から約二百年。私達からすれば遙か昔の出来事ではあるが、ドワーフやノームならオッシに直接会ったことがある人だって居るかもしれない。エルフは……もう居ないだろうけど。
それでも「冒険者」と自称する流浪人がたむろする酒場を訪れるのには、どれほどの勇気が必要だっただろう。初めて足を踏み入れたときは、胸を打つ激しい鼓動と握った両の手から流れ出る手汗を認識できるほどだった。
私の緊張とは裏腹に、酒場にいた冒険者達はとても気前のいい人たちで、特にオッシの話を聞きたいと切り出した途端、大宴会開催の狼煙が上がってしまった。その結果、学院の食事は無駄にしてしまったが、このとき得られた情報は、私の知るものとは全く違っていて、生きた情報を得た実感で一杯になった。
大宴会は吟遊詩人によるオッシの詩から始まった。
少年オッシがマンティコラを退治した有名な詩である。幼いながらも勇敢に戦う少年オッシ。大きな盾?を身にまとい、マンティコラの尾から放たれる毒針を華麗に避けてトドメの一撃をお見舞いする。もちろん、私も知っている詩だったが、こうやって生演奏で聴くのは初めてだった。演奏終盤では多くの冒険者が共に歌い出し、酒場内は一気に熱を帯びていった。
そんな中で、私は以前から抱いていた疑問を投げかけた。
「大きな盾を身にまとい、ってありますが、あれってどういうことですか? 盾は身につけるんじゃなくて、手に持つものですよね。それとも、そういう表現があるんですか?」
「ハッハッハッハ、丸帽子(これは学院関係者の制服を揶揄した表現。私達は外出時、必ず学院内の階級に合わせた色のローブと帽子、そして杖を持つ。特に特徴的な、とても広いつばがある帽子を上から見ると丸いので、そう呼ぶ人も居る)は何にも知らねえんだな。オッシはさ、まだ小せえ子供だったから、こう体に盾を何枚か結いつけてたんだよ」
そんなバカな……私はもう一度確認する。
「少年とはいえ盾を体に結いつけるって。だって鎧は?」
「そうか、姉ちゃんはこの詩しか知らねえんだな。じゃあ、な、おい、シャッタル、話すの得意だろ、教えてやれよ、オッシのもう一つの話を」
隣の男は声を大にして、群衆の中の誰かに向かって呼びかけた。
「ああ、ああ、いいよ、いいよ、構わないよ」
その呼びかけに応えながら、並み居る冒険者達をヒョイヒョイと飛び越えて、私の前にやってきたのは、小柄で童顔ながら立派な髭を蓄えたノームの男性だった。
「僕の父上はオッシに会っていたんだ。僕も会ったかもしれないんだけどね、覚えてないんだけどね。うん、知ってる、知ってる。僕が話してあげるよ、ちゃんと、ちゃんと、最後まで聞いておくれなね」
独特な話し方だったので、聞き続けるのは一苦労だったが、彼が話してくれた内容を私なりに何とかまとめてみた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます