第4話:女子高校に避難

第四話:女子高校に避難

外に出ると、空の亀裂はさらに広がっていた。青白い光が街全体を覆い、まるでこの世界が異次元に飲み込まれようとしているかのような不気味な雰囲気が漂っている。遠くでは爆発音が響き、火柱が空へと伸びていく。地面にはガラスや瓦礫が散乱し、歩くたびに靴底が小さな破片を踏み砕く音が響く。

「……ここから先、本当に大丈夫なのか?」

俺は背中のヒカリを抱え直しながら、不安げに呟いた。彼女はまだ目を覚まさない。呼吸は安定しているものの、顔色は蒼白で、どこか儚げだ。こんな状況で頼れるのは自分だけだと分かっていても、一人で進むことの重圧に押しつぶされそうになる。

「考えるのは後だ。とにかく一歩ずつ前へ進むしかない。」

自己暗示を繰り返しながら、足元を確かめるように歩を進める。しかし、街並みは見る影もなく変わり果てていた。道端の車両は横転し、電線が垂れ下がって火花を散らしている。至るところで建物が崩れ落ち、人々の姿はほとんど見当たらない。それでも時折、遠くから聞こえる悲鳴や叫び声が、まだ生きている誰かの存在を教えてくれる。

目的地は女子高校だ。噂によると、あの学校は権力者の令嬢たちが通う特別な場所で、まるで異世界の魔法学校のようなデザインで作られているという。普段なら観光客が押し寄せるほどの注目スポットだが、今はその豪華さや非日常的な雰囲気が、逆に恐ろしさを増幅させている。


商店街を抜け、大きな交差点を越えたときだった。前方から轟音と共に何か巨大な影が迫ってきた。振り向けば、それは壊れたトラックが道路を塞ぐように横転したものだった。その周囲には黒焦げになった荷物や、逃げ遅れた人々の残骸が散乱している。息を呑むほど惨憺たる光景だったが、立ち止まっている暇はない。

「迂回するしかないな……」

俺はヒカリをしっかりと背負い直し、路地裏を通ることにした。狭い道は瓦礫や倒木で塞がれており、慎重に進まなければならない。途中、どこかの家の窓ガラスが割れた音が響いてビクッと肩を震わせるが、振り向かない。恐怖は感じても、行動を止めることはできない。

やっとの思いで路地を抜けると、目の前に女子高校が現れた。その建物は、まるで別世界のものだった。


高すぎる塔がいくつも立ち並び、装飾された石造りの壁面には細かい彫刻が施されている。まるでヨーロッパの古城を思わせるデザインだが、窓枠や屋根は和風の意匠を取り入れており、独特の調和を見せていた。敷地内には広大な庭園があり、そこには桜の木や池が配置されている。しかし今、その美しい景観は荒廃し、枯れ葉が舞い、水辺には油膜が浮かんでいる。

「これが噂の……女子高校か……」

正門は大きく開かれ、内部には明かりが点々と見える。しかし、人の気配は薄い。おそらく、すでに多くの生徒や教師が避難したのだろう。だが、もし本当に「権力者の避難所」になっているのであれば、安全な場所である可能性が高い。

「ここなら……ヒカリを守れるかもしれない……」

俺は慎重に校舎へと近づいた。入り口には金属製の自動ドアがあり、一部が破損してガラスが割れている。中に踏み込むと、大理石の床が冷たく、静寂が支配していた。


校舎の中は、外部の混乱とは対照的に整然としていた。廊下には絵画や彫像が展示され、教室からは机や椅子が整頓されたままの様子が伺える。しかし、それらの全てが無人のため、奇妙な違和感を醸し出していた。

奥へ進むにつれて、微かな話し声が聞こえてきた。それを追いかけるように階段を上り、2階の講堂へと辿り着く。そこには、数名の少女たちが集まっていて、何やら慌ただしく準備をしている様子だった。

「誰かいるんですか!?」

俺は声を張り上げた。すると、少女たちは一斉に振り向き、驚いた表情を浮かべた。

「……どうしてここに一般人が?」

年長らしき金髪の少女が、眉をひそめながら問いかけた。彼女の服装は制服だが、胸元には金色のバッジが輝いている。おそらく、生徒会長か何かだろう。

「妹を助けてほしいんです。意識を失っていて……」

俺は背中のヒカリを少し持ち上げ、状況を説明した。少女たちは互いに視線を交わすと、すぐに医務室へ案内してくれた。


医務室は清潔で、必要な備品が揃っている。白衣を着た女性がヒカリを診察し、「低体温症と疲労による意識喪失でしょう」と告げた。安心した瞬間、体中の緊張が溶け出し、ふらつく膝を支えるのがやっとだった。

「あなたが疲れているのは分かります。ですが、この状況について詳しい話を聞かせてほしいんです。私たちも外の事態を把握するために必要な情報を集めています。」


金髪の少女――彼女は流暢な日本語を話し、その瞳には知的な光が宿っていた。ハーフらしく整った顔立ちと落ち着いた声は、どこか安心感を与えるものだった。しかし、その表情には緊張と警戒心が微かに混ざっている。


「……分かりました。俺たち兄妹がここにたどり着くまでのことも話します。ただ、その前に妹の容態が安定しているか確認させてください。」


俺は医務室に目を向け、ヒカリの寝顔を一瞥する。白衣をまとった女性が静かに彼女の額に手を当て、体温を測っている。その様子を見て少し安心した俺は、再び少女へ向き直った。


「私は生徒会長のエリカ・フジワラです。父が日本人で母がドイツ人なんですが……今はそれよりも、あなたの話を聞きたい。一体何が起こっているのか、何か分かることがあれば教えてください。」


彼女はそう言いながら、机の上に広げられた地図を指し示した。そこには女子高校を中心とした周辺地域が詳細に描かれており、いくつかのポイントには赤い印がつけられている。


「俺はユウトです。妹のヒカリと一緒にここまで逃げてきました。空の亀裂や街の崩壊……正直、何が原因か分からないままです。でも、おそらくこれが自然現象じゃないことは確かです。」


エリカは真剣な表情で頷きながら、さらに質問を重ねてくる。

「他に生存者を見かけた? あるいは、何か異常な存在や動きはありませんでしたか?」


俺は記憶を辿りながら答えた。

「途中、避難所と思しき場所で数人の遺体を見つけましたが、ほとんど誰も残っていませんでした。ただ、遠くから爆発音や叫び声が聞こえていました。」

エリカは地図からゆっくりと目を離し、ユウトをじっと見つめた。

彼女の瞳には知的な輝きが宿っている一方で、わずかな不安の色も滲んでいた。

その表情からは、これから語られる内容が極めて重要であることを感じ取れた。

「ユウトさん……実は、あなたにお伝えしなければならない信じがたい情報があります」

エリカは一呼吸置いて、慎重に言葉を選ぶように続けた。

「私たちが起おった時に、目の前に不思議な半透明の画面が現れたんです。そこに表示されていたメッセージはこうです――『世界管理者からのメッセージが届いています』。あなたも同じような画面を見ていませんでしたか?」


エリカの問いに、ユウトは一瞬息を呑んだ。そういえば、確かにあのとき……ヒカリを探してた最中に見た光景が脳裏によみがえる。しかし、状況が切迫していたため、そのことをすっかり忘れていたのだ。


「……はい、見ました。でも、妹を探すために意識を集中しているうちに、その画面は消えてしまいました」

ユウトは少し申し訳なさそうに答えた。その言葉に、エリカは小さく頷く。


「そうですか……妹思いなんですね。ということは、まだメッセージを読んでいないんですね?」

「はい、読んでいません」


エリカは真剣な眼差しでユウトを見据えながら言った。

「そのメッセージは、意識を向けることで再び表示されるはずです。ぜひ、今一度その画面を呼び出してみてください」


ユウトは深く息を吸い込み、心の中で先ほどの画面を思い浮かべるように意識を集中させた。すると、まるで応えるかのように、目の前に青白く光る半透明の画面がふわりと現れる。


『世界管理者からのメッセージが届いています』


その瞬間、エリカがユウトの反応を確かめるように静かに言った。

「そのメッセージに触れると、世界の現状やこの危機に関する重要な情報が得られるはずです」

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