契る
@richigisyanokodakusan
第1話 恋愛を契る
(こんなおっさんをつかまえて
この場合の「子」は子供の意ではないのだが、眞島は知らない。
さて、眞島は今、仕事で都内の古いショッピングモールに来ている。とある女性に会うためだ。眞島は小さいながら個人事務所を開いている。が、今日はその事務所にはお呼びできない。今日のアポは予め女性に待ち合わせ場所の候補を挙げてもらい、そこから選ぶ形で決まった。それがこの古びたショッピングモール三階のファミレスである。
実は眞島はその女性の顔を知らない。正しくは、
二日前。都内某所、眞島の事務所。
依頼主の
友達二軍ではこの程度です、と言って提供されたのが吉田さんを含む友人たちの集合写真一枚であった。吉田さんから、その他数人を挟んで種田。ほぼ写真の端と端。しかも、種田の目がぱっちり加工されている。目の前の種田の一重の細い目とはまるで違う。顔の色も美肌加工なのか白くなっている。原形がほぼわからないような写真になんの意味があるのか、眞島には理解できなかった。おそらく全員の顔に同じ加工が施されているようだ。
眞島は写真を指さし質問する。
「このポーズはなんですか?」
吉田さんと横の二人の女性が同じポーズで写真に写っている。バレーボールのレシーブのような形だ。
「ああ、それは・・。なんだか女子の間で流行ってるんだとか。両手の親指と人差し指でハートの形を作るんです。」
と言って、種田は腕をレシーブの形にし、指でハートを作ってみせた。どうも局地的に発生した流行のようだ。
写真のデータだけ共有し、眞島は話を本筋に戻した。
「種田さん、私から彼女にアポを取りたいんですが、たぶん知らない電話番号からの電話は出られないでしょう?前もって、この電話番号から連絡がありますってお伝え願えますか?」
「んー、なんて言ったらいいですかね?」
「正直に今話題の、
「言えませんよ。」
「ですよね。では、種田さんから、あくまで種田さんとの待ち合わせという形でアポを取れませんか?」
「デートということですか?」
「いえ、それでは
「難しいですね・・・。でも、やってみます。」
「あと、何か目印をお願いします。」
「目印?」
「はい、私が彼女を見分ける目印です。服でもカバンでも構いません。(あんな写真でわかるわけないやろ)普段必ず身につけている物などありませんか?」
「わかりました。ちょっと調べてみます。」
その後、種田から連絡があり、なんとか約束出来たということで、待ち合わせの日時と場所の候補、目印の某キャラクターのカバンの情報を手に入れた。日時と場所は候補の中から眞島の都合の合うものを選び、種田に伝えた。
眞島は約束の時刻丁度にファミレスに到着した。
ランチタイムのピークを過ぎた店内は、まだ片付けられていない食べ終わったあとの食器類が幾つかのテーブルで見受けられた。一人の店員が慌ただしくそれらを回収してる。相棒の回収ロボと共に。店員がこちらをちらりと見やる。
「いらっしゃいませ。入口の受付け機から受付けをお願いします。」
眞島は入口の受付け機を無視し、客席を見渡す。ランチタイムを過ぎたとはいえ、まだ多くの客が店内におり、地域性の影響か、客層も大学生くらいの若者が多かった。そこで己のミスに気付いた。目印は某キャラクターのカバン。女性がファミレスでコーヒーでも飲みながら人を待つ時、カバンは通路側から見えづらい壁側に置く可能性が高い。通路を歩きながら壁側にあるかもしれないカバンを見て回るのは不審者でしかない。カバン以外の情報も聞いておくべきだった、と眞島は悔いた。結局、あの加工写真をスマホのアルバムから探し出し、加工前の顔を頭の中で想像する。・・・。顔での判別を諦めた眞島は、加工は無いであろう髪型の情報と種田からの年齢の情報を元に、店内を俯瞰で眺めた。
店入口の眞島から見ると、店内には縦に三本の通路がある。アルファベットのEを反時計回りに九十度回転させた感じだ。その通路の左右に横長のテーブルが配置され、通路と通路で挟まれたテーブルは真ん中にパテーションとなる壁がある。左側から言うと壁→テーブル→通路→テーブル→壁→テーブル→通路→テーブル→壁→テーブル→通路→テーブル→壁となる。また、それぞれの通路の手前に立つとだいたい奥の席までのテーブルの通路側の半分と座っている人の正面の顔か後頭部が見える状態だ。(テーブルの奥に座れば顔が入口向き、手前に座れば後頭部が入口に向く)そしてやはり、某キャラクターのカバンは見えない。
約束は一対一でお願いしていたので、複数人いるテーブルはまず違う。女性一人で条件に該当する候補は三席。
①壁が左側の席。後ろ姿。テーブルにはコーヒーカップが一つ。
②壁が左側の席。こちら向き。テーブルにはコーヒーカップが一つ。コーヒーを飲みながらスマホを操作している。
③壁が右側の席。後ろ姿。テーブルには何も無い。例の回収ロボが停まっている。
さて、ここからどう絞るか。眞島はもう一度写真を見る。・・・・・んっ⁉︎吉田さんの右腕の肘の内側あたり。写真を拡大して確認する。これは・・・。注射痕だ。種田の話では吉田さんは貧血気味だと言っていた。彼女はおそらく度々、点滴を受けていたのではないだろうか。採血などの短時間の静脈注射の場合はその限りではないが、長時間になる点滴の場合、注射を打つ腕は
では三人のうち誰が吉田さんなのか?
まず③は違う。あくまで種田との約束だと思っている彼女が、(友達二軍とはいえ)約束している時刻前に回収ロボが食器を回収するほどの飲食を終えているとは考えにくい。次に①だが、壁が左側の席、後ろ姿であるということは右側が通路であり、右手側にコーヒーカップがあることになる。ということは、右利きか?
次に②を考える。壁が左側の席、こちら向きであるということは右側に通路があり、左手側にコーヒーカップがある。しかし、コーヒーを飲みながらスマホを操作している。「コーヒーカップを持つ」と「スマホを操作する」ではスマホを操作している方が利き手である可能性が高いであろう。よって②は右利きだ。
そうか、①もスマホを操作していると考えればどうか。こちら側からでは背もたれに隠れ、後頭部は見えても、壁側の手元は死角となる。そう考えれば①は左利きの可能性がある。
という推理を、眞島は「不審者とは思われないギリギリの時間」で完結させた。
こうして眞島は推理で導いた①の女性に思い切って声をかけた。
「吉田さんですか?」
「えっ??どちら様ですか?」
違います、とは言わなかった。彼女の座る席の奥に、ちらっと某キャラクターのカバンが見える。眞島は確信した。
「私、
眞島は彼女の前に名刺を差し出した。
「司法書士さん、事前契約交渉人?」
「はい、眞島と申します。こちら座らせていただいても?」
「どうぞ・・」
眞島はタッチパネルでアイスコーヒーを注文した。そして、今日は騙すような形で呼び出してしまったことを謝罪し、本題に入った。
「吉田さん、恋愛法はご存知ですか?」
「はい、最近大学でも話題になってるので。」
「では話が早いです。一応規則ですのでご説明します。恋愛法とは、」
今年の春から施行された
『以下の行為を行う場合には、相手に対して事前に、同意書への署名と拇印若しくは指紋認証による同意を必要とする。
①好意を抱いた異性、あるいは同性に対して、交際及び婚姻を申し込む場合
②交際中の異性、あるいは同性に対して、手を繋ぐ・腕を組む等の身体の接触行為を行う場合
③交際中の異性、あるいは同性に対して、接吻を行う場合
④交際中の異性、あるいは同性に対して、性交渉及びそれに準ずる行為を行う場合』
というものである。
眞島が恋愛法の概要を伝え終わったところで、遠くからポップな音楽が近づいてきた。客の減りつつある店内に陽気な音楽が鳴り響く。猫型配膳ロボットがアイスコーヒーを乗せて、眞島らのテーブルの前で停まる。猫型ロボットと言っても例の
「おまたせだニャン♪」
眞島は無言でアイスコーヒーを受け取った。そしてニャンは巣に帰っていった。
「実は種田さんは、大学入学時から吉田さんに好意を抱いていたそうでして。この度、吉田さんに交際を申し込むため告白をなさるとのことです。今年春に施行された恋愛法に則り、こうして吉田さんの承諾を頂きにまいりました。」
「言っちゃうんですね。」
と、吉田は苦笑した。
「法律の特性上、そうなってしまいます。当事者同士だけで同意書を交わすこともできるのですが、それだと益々雰囲気が壊れてしまったり、同意文書の改ざんや事後の揉め事に発展するケースもありまして。なので我々のような交渉人に依頼される方が増えております。」
そうなんですね、と吉田は相槌を打つ。
「なんだか悲しい世の中ですね。」
「愛情と憎悪は紙一重ってことでしょうか。あとご理解頂きたいのは、この同意書は告白を受けることに対しての同意であり、交際を了承する同意ではないという点です。告白を受け、交際するかどうかは問うておりません。そこは吉田さんがご判断頂き、勿論、断るということも可能です。」
吉田は黙って首肯する。
「ちなみに種田さんは、もし交際を断られたとしても現状の友人関係の継続を希望されております。以上、ご理解頂けましたら、同意書に署名をお願いします。紙とタブレットの二種類あり、タブレットの場合は最後に、お持ちのスマホでこちらのQRコードを読み取って頂きますとスマホに指紋認証画面が表示されます。そちらで認証頂き完了となります。紙の場合は最後に拇印を頂戴しております。」
一通りの説明を終え吉田は、「タブレットで」と答えた。繰り返しになる部分もありますが、と枕詞をつけ、タブレット上の細かい同意に関する文書の確認をしながらタッチペンで画面をスクロールさせた。最後に吉田にタッチペンを渡し、署名とスマホでの指紋認証を完了させた。
「では、同意のサインもらえたんですね。」
眞島は種田に同意書承諾の完了を報告した。
「種田さん、これで告白のアポを取っていただいて大丈夫になりました。確認ですが、告白は同意日から一週間以内でお願いします。また、事前にお話したように、告白後の結果に関して、我々は一切責任を負えませんのでご理解ください。」
種田は、「わかってます」と決意の眼差しで答えた。
一通りの報告を終えると、「最後に」と言って眞島は最も重要なことを伝えた。
「もしも、交際OKとなった場合、そのままのムードで手を握ったり、キスを迫ったりしてはいけません。恋愛法違反となります。今回の同意はあくまで告白のみに限られています。」
「わかりました。そのときは、また次のステップの事前交渉をお願いに来ます。次は一気に、手を握るとキスをお願いしても大丈夫ですか?もっと先とかも有りですか?」
「それは構いませんよ。」
そして種田は自信に満ち溢れた顔で帰っていった。
眞島がこの仕事を始めて半年。それまでは一般の司法書士として既存事務所に在籍していたが、恋愛法の施行を前に、これは需要がある、と見込し独立したのだ。
眞島は依頼完了後、依頼者がどうなったか、その後に一切興味はない。仕事の
その後、種田から一通だけメッセージが届いた。
「だめでした」
残念だ。告白がうまくいかなかったことではない。次のステップの依頼に繋がらなかったことが、である。眞島は暮れなずむ空に向かい、「てか、あいつのあの自信満々顔はなんやってん」とツッコんだ。
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