金属バットに愛を込めて

藤泉都理

金属バットに愛を込めて




「じいちゃ~~~ん!!!」


 二十代男性の太吉たきちは大泣きしながら部屋の扉を開いては、部屋の真ん中に設置された机の上にあるノートパソコンに飛びついた。

 すれば、ノートバソコンが起動、真っ黒だったノートパソコンの画面に太吉の祖父である吉蔵よしぞうの上半身が映ったのである。


「またか。太吉」

「まただよ~~~」


 吉蔵は太吉が持っている金属バットに視線を向けた。

 ぐにゃんぐにゃんにあちらこちらひん曲がっている痛々しい姿の金属バットを見るのはこれで何度目だろうか。

 太吉が今年の元日に付き合っている恋人、しおりに求婚した際、クリスマスまでに私の投げる球を打ってホームランできたらいいわよと言われてから、仕事の合間を縫って特訓に時間を費やし、栞の都合のいい日に実際に球を投げてもらっているらしいのだが、球を当てる事はできてもいつもキャッチャーゴロで終わるらしい。




『ねえ。吉蔵おじいさん。太吉には内緒よ。私ね。悩んでいるの。私の球を一度も取りこぼす事なく受け取ってくれるキャッチャーの優三ゆうぞうと、私の球を当てる事はできるんだけどホームランは一度も打った事はない太吉。私ね。二人とも好き。大好き。だから二人の了承をもらって、二人と付き合ってるけど。結婚は一人としかしたくない。決めなきゃいけない。だから、太吉と優三に言ったの。クリスマスまでに私の投げる球を打ってホームランできたら太吉と結婚するって。ホームランできなかったら優三と結婚するって。ふふ。私、おかしい女でしょ。こんなやり方で結婚を決めるなんて。でも。私、本気なの。ホームランできたら太吉と、ホームランできなかったら優三と結婚する。吉蔵おじいさん。太吉の金属バットをお願いね。修復してあげて。進化させてあげて。私も、進化する。本気で向き合ってくれる太吉と優三の為にも。本気で投げる』


 以前吉蔵を映すパソコンがある部屋に来た時に、栞は吉蔵にそう言ったのだ。

 二股するなど、けしからん女子だ。

 などと、吉蔵は一切合切思わなかった。

 栞の真摯な瞳を受けて、吉蔵は太吉も栞も優三も応援しようと決めたのだ。




「泣き止め。太吉。わしが金属バットを修復、進化させるからな。待っていろ」

「うん。じいちゃん。お願いします!」


 袖で涙と鼻水を拭った太吉は吉蔵が映るパソコンに向かって、金属バットを差し出した。

 すれば、パソコンが上下左右に大きく揺れ動いたかと思えば、瞬く間にロボットへと変身したのである。


「うむ。待っていろ。太吉。じいちゃんが心血注いで金属バットを鍛えるからな」

「うん。じいちゃん。俺は俺を鍛えて来るよ!」

「ああ。五時間後にまた来い」

「うん!」


 元気よく部屋から出て行った太吉を目を細めて見つめていた吉蔵。やおら指パッチンをしては机とパソコンしかなく殺風景だった部屋も変身させてのち、椅子に座って道具を手に取り、金属バットを鍛え始めたのであった。




「はあ。しかし。まだまだわしは眠れそうにないなあ」











(2025.4.1)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金属バットに愛を込めて 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説