醜さ
白川津 中々
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醜い女性に惹かれるのは、自分自身の劣等コンプレックスに起因しているのだろう。
幼少期から取り立てて何ができるわけでもなく、顔立ちも悪かったため良い思い出というものがなかった。それはもちろん男女間の付き合いにおいても等しく、夜を経験したのも大分歳を取ってからだった。相手をしてくれたのは母親程の女性で、腹が大きく出た皺だらけの体が恥ずかしげもなく弾んでいた。その光景が象徴するのは劣情ではなく俺の惨めさである。三十を数えるまで人との会話さえ満足にできない自身の未発達具合がそのまま形となり重くのしかかってくるのだ。お喋りでお節介な彼女の体が、真反対に位置する俺と重なるなどあるはずがないからおかしな話ではあるのだが、俺の中では、なぜだか、まったくぴたりと符号した。その幻影は次第に自己憐憫と陶酔を生み、こんな俺を相手にしてくれるのは、こんな女しかいないという情けない気持ちが内に眠る男の部分に浸透していくと、途端に彼女と彼女の体が愛おしく、かけがえのないもののように思えてきたのだった。
以来、俺は醜い女を特別な目で見るようになる。失礼な話だと、特に女の人はいうかもしれない。しかしこれは、自己の深層に直結しているのだからどうしようもないのだ。女の外見の醜さが、だらしなさが、俺の全てを内包し許容してくれると、そう感じたのである。
しばらく経過し、一人の女性と親しくなった。やはり、醜い人だった。器量よく愛想もいいのに、顔の悪さだけで男から嘲笑される、哀れな人だった。好きだと伝えた時、彼女は大変取り乱し、涙を流しながら半狂乱となっていた。余程、これまでに酷い扱いを受けてきたのだろう。その健気さがより彼女を鮮やかに見せた。彼女が側にいると、抜けていた部分が塞がったような充足感を得られた。幸福とはこういうものかと、篤と噛み締めた。初めて、生きていてよかったと思えた。
しかし、それは、欠落を補い、精神の安定を保つための関係であり、彼女でなくとも、他の醜い女性であっても替えが効くのではないかと、ふと思うのだった。また、何かのきっかけで俺の劣等コンプレックスが解消されたら、彼女を同じ目で見られるのだろうかとも考えてしまう。己の脆弱さから生まれた感情ならば、それが解消されたら……
俺は未だに醜い女を好きでいる。だから、彼女も好きでいられる。彼女の方も、恐らくそうだろう。意志薄弱な男と醜悪な女。破れ鍋に綴じ蓋。何もなければ、それで終わる。しかし、俺は自身を変えたいと、脱却したいと唇を噛み締めている。
もし、俺が変わったら、彼女はどうなるのだろうか。俺は、彼女をどう見るのだろうか。
醜い俺の心が、揺らぐ。
醜さ 白川津 中々 @taka1212384
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