24 なんつうことが起きてるんだ
王家主催の晩餐会に招かれてしまった。本当は屋敷に帰って使用人たちの間のいじめ問題をなんとかしたいのだが、王家が晩餐会を主催してそれに逆らえる貴族などいるわけもなく、御三家の面々は長ーーーーいテーブルに着かされてしまった。
子供であるわたしは一番端だ、向かいはキャロルである。キャロルはこういうめちゃくそ格式高い席に招かれるのは初めてらしく、ちょっとキョロキョロしたりビクビクしたりしている。
とりあえずマリナ・ウィステリアの記憶がある程度残っていたので、マナーはなんとかなりそうだ。王子、いや王にプッツンして喧嘩をしたりしないように気をつけよう。
前菜の皿が運ばれてきた。エディブルフラワーのサラダだ。チーズがたっぷりかかっている。目上の人全員が食べ始めたのを確認して頬張る。うまい。キャロルもおいしそうに食べている。
飲み物が出てきた。成人はワイン、わたしとキャロルはしょうがシロップの炭酸割り。要するにジンジャーエールである。これもまたうまいのだが、甘いものを飲みながら食事をするというのがおばあちゃん子だった藤堂和海のほうのわたしにはちょっと納得がいかない。そこはウーロン茶がいいんじゃないの、と思う。
まあこの世界にお茶っ葉があるかはわからないのだが。とにかくジンジャーエールを飲みつつとんでもないご馳走をモグモグぱくぱく食べる。おかわり! と言いたくなるが貴族令嬢がそんな陸上部員みたいなことを言ってはいけない。
オルナン王子、違ったオルナン王はすっかりヘロヘロに酔っ払っている。どうやら下戸らしい。じゃあなんで酒場なんかに行くのか。暴れん坊将軍の上様とかブータンの前の王様みたいな感じなんだろうか。だとしたら少しはいいところもあるなあと思えるのだが。
あっという間にオルナン王は酔い潰れてしまって、テーブルに突っ伏してぐうぐう寝始めてしまった。その醜態を御三家の面々は笑うでもなくバカにするでもなく冷静に眺めつつ、食事を続ける。デザートはまさかこの世界にもあるわけがないと思っていたオレンジのシャーベットであった。
「さて……ウィステリア卿。ご令嬢は健康になられたか?」
マグノリア卿がそう口を開いた。
「それはもう、いささかはしたないほど健康で。マグノリア卿は養女をもらって、国王陛下に嫁がせるおつもりか?」
「キャロルならいまお妃教育の真っ只中だ。詩歌の古典がなかなか覚えられず」
わははは、と父とマグノリア卿が笑う。
「我が息子も小姓として王陛下にお仕えして、たいそう覚えがめでたければ……末は宰相といったところですかな」
ローゼス卿が頑張って割り込んできた。小姓って、この国にもそういう文化(意味深)があるのだろうか。ウーム、王室の闇は深い。
とにかく裏にどんな駆け引きがあるのか想像もできないままオレンジシャーベットをモグモグする。うまい。ジンジャーエールをコペコペ飲みつつオレンジシャーベットを頬張るという、なかなかできない贅沢をしているうちに晩餐の席は終わってしまった。
食べ物はどれもぜいたくでおいしかったけれど、個人的には荘園で食べていたナマズの煮物とこねた芋のほうが好きだ。豪華な食事というのはなんというか落ち着かない。フカフカの真っ白いパンもおいしいけれど、あの芋のネットリした食感が忘れられない。
あ、あれは(藤堂和海の)曽祖母が作った里芋の煮っ転がしに似ていたから好きだったんだ。急に切なくなってしまった。
◇◇◇◇
屋敷に帰ってドレスを脱がせてもらい、コルセットを外してもらう。よくまあこの状態で晩餐を食べられたものだ。ビリッといかなかったのは僥倖である。望外である。森林限界の手前である。
お腹がパンッパンなのでベッドに大の字になる。このまま寝ようかな。いやまておもいっきり化粧をしたんだったな。落とさないで寝たら顔がエライコッチャになってしまう。
この世界のおしろいは鉛白なのできれいに落とさないと絶対体に悪かろうと思う。顔をざばざば洗う。
メイドさんに、ドレスのウエストが限界だったから、手が空いたときにでも身ごろを広げて、とお願いして、きょうはまだ早いが寝てしまうことにした。布団に潜り込む。
そのとき、なにやら使用人の寮のほうから口論する声が聞こえた……ような気がしたが、家の中とはいえクッソ広いこの屋敷でそんな遠くの音がわかるとも思えず、気にしないで寝ることにした。
それがあんなことになっているとは、まだわたしは知らないのだった。
◇◇◇◇
翌朝起きてくるとなにやら騒がしい。
普段着を適当に着て部屋を出ると、父がなにやらウロウロしている。
「どうなさったの、お父様」
「それがだなあ……使用人たちが他の使用人のボードゲームに現金を賭けていたらしくて、それがきっかけで暴力沙汰になったんだ」
なんつうことが起きてるんだ。
どうやら賭けの対象になっていたのはアルベルトと料理人のだれだったかで、みなアルベルトに賭けたのにアルベルトが負けて、それでアルベルトがボコボコにされたらしい。
しかもアルベルトは最近他の使用人から「根暗」「マリナさまへの距離が近い」といじめられていたという。
これはやることができたのではないか。走るのと同じくらい大事なことが。(つづく)
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