23 要するに権力自慢

 ウィステリア家の使用人同士のいじめ問題が完全に解決しないまま、オルナン王子の戴冠式の前日になってしまった。

 噂によると庭師の親方がケガをしたのは、どうやら使用人たちの間でのいじめがきっかけであるらしく、これは根深い問題だぞ……とうぬぬの顔になっていると、メイドさんがそろそろと近寄ってきて、「あの、オルナン王子殿下がお見えなのですが」とささやいてきた。

 おもわずでっかい声で、


「ウソだろ、バカじゃねえの!?」


 と令嬢にあるまじきセリフが飛び出し……そうになった。必死に堪えた。なんで戴冠式の前の日などというクソ忙しい日に我が家にやってくるのか。あっけに取られていると部屋にオルナン王子が入ってきた。


「元気だったかい、マリナ」


「なんでこんなところで油を売っておられるのですか。早くお城にお戻りくださいまし」


「冷たいなあマリナ」


「冷たいなあ、じゃございませんのよ!? しかるべき儀式や仕事がおありでしょう、なんでこんなところにいらしたのです!?」


「だって王宮はつまらないし、かといって娼館や酒場に行けばマリナとキャロルが怒るじゃないか」


「わたくしやキャロルが怒るから娼館に行ってはいけないのではなく、王子殿下のお体に悪い病気をうつされる可能性だってあるから行ってはいけないのです。それっぽっちのことも理解できませんの!? 脳みそニワトリですの!? コケコッコーって鳴くんですの!?」


 うっかり激怒して表情筋がしんどくなるまで怒鳴ってしまった。

 王子は完全に気圧された顔をして、口をあうあうさせている。


「マリナ、怖いよ」


「わたくしが怒っているのは、王子殿下がご自身のお体を大事にされないからですわ! お酒は体に悪いし、悪所通いは変な病気をうつされますのよ!?」


 ぜんぜん理解していない顔をしているな。


「お話になりませんわね。お引き取りくださいまし。お城のみなさまが困っておられますわ」


「……」


 オルナン王子はトボトボと帰っていった。ちょっとキツく叱りすぎたろうか。

 まあ明日の戴冠式の現場で婚約破棄されたら、荘園で走り方でも教えながらスローライフするという選択肢もある。したたかであらねばならぬ。


 ◇◇◇◇


 礼装のドレスを着るために、いまわたしはウエストを絞められている。ぐえっとなる。でもコルセットでウエストを絞らないと着られないデザインだから仕方がない。

 虚弱だったころに仕立てたドレスはいささか小さかったが、頑張ってお腹を引っ込めたら着ることができた。もちろん油断すれば縫ったところからビリっといくのだろうが。

 金髪碧眼の容姿にピッタリの青いドレスはさながらシンデレラである。ガラスの靴まである。ちょっと痛いがずいぶん慣れた。

 家族とともにぞろぞろと屋敷を出て馬車に乗り込む。戴冠式は王都で最も古い寺院で行われる。建国王が岩に聖剣を突き刺し、この国の基としたことを記念して建てられた寺院で、その岩と聖剣はそっくり残してあるのだとか。

 なんというか由来だけだと神社っぽい。三種の神器を納めてある、というのとあんまり変わらない。思えばこの国の宗教について深く考えたことはなかった。


 寺院に到着すると、ほかの貴族の家々から集まった馬車でモーターショー状態だった。いやモーターちゃうがな。馬だよ。モーターショーはかの名作少女漫画「有閑倶楽部」のみんなが通っている超お金持ち高校の登校時間の話である。

 さすがにどの家もいちばん上等な馬に馬車を引かせたらしい。マグノリア家の木蓮の紋章の馬車には見事な白馬が、ローゼス家の薔薇の紋章の馬車には美しい漆黒の馬が繋がれていた。我が家の馬車は東方に産する金色の馬だ。

 ははあん。要するに権力自慢、ということだな。

 馬車を降りると緑色の可愛らしいドレスを着たキャロルと出くわした。ごきげんよう、と挨拶を交わす。次々やってくる大貴族のみなさんを「ごきげんよう」と捌き、寺院に入った。


 寺院の中はよくある教会の内装に思えた。ステンドグラスの窓がきらきらと美しい。

 貴族は家の序列ごとに木製のベンチにかけて、戴冠式が始まるのを待っている。赤い服を着た枢機卿なる僧侶が現れ、なにやら小むつかしいお説教を述べたあと、本日の主役ことオルナン王子が、見事な装束を身につけて現れた。


 後ろの方の席にかけている下級貴族の女の子たちが、「すてき……」などと失神しかけていて、オルナン王子はお茶目にウインクを飛ばすなどの愚行をしたのち、祭壇にひざまずいた。

 枢機卿は壺に入っていた香油を、オルナン王子の頭にだばーっとかけた。これがこの国の戴冠式か。


 オルナン王子の即位宣言が始まった。おそらく前例を踏襲してそつなく喋れるように侍従さんに用意してもらったんだろうな、というセリフをすらすらと話す。しかし油まみれである。


 宣言のなかで王子は「私はまだ若い。近いうちに妃をめとりこの国を続けさせたい」と述べた。

 ちらりとキャロルを見る。不信の顔で王子を見ている。


 宣言ののち冠を被らされ、王笏を渡され、オルナン王子は正式にオルナン王となった。

 これで終わりかと思いきや、夜には御三家を招いた食事の席があるらしい。え、嫌なんだけど。(つづく)

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