「西新宿のゲームライター」レトロゲーム夜話③

どろ

第1話「疑念」

この物語はフィクションです。

登場する人物、団体、場所、事件などは架空のものであり、特定の個人や団体を誹謗中傷する意図はありません。

また、一部に暴力的な描写や反社会的な行為が含まれますが、これらを肯定・助長するものではありません。

―――――――――――――――――――


 安アパートの窓から見える空は今日もどんより曇っていた。


 昨日と同じ。たぶん明日も。


 俺は佐伯徹(さえき とおる)。

 三十過ぎのフリーライター。

 ウェブサイト向けにゲームとかサブカルのコラムを書いて、その日暮らしをしている。


 若い頃は、ハードボイルド小説なんかにかぶれて、裏社会のルポとかを書く「ジャーナリスト」に憧れた時期もあった。


 今思えば本当に馬鹿だった。

 上京し、ゴシップ系の出版社に潜り込んだはいいものの、現実は生臭くて、くだらなくて……。


 特に、ヤクザなんて連中は、口じゃ大層なことを言いながら、やってることはただの弱い者いじめと金の奪い合い。


 そんな実態を散々見せられて、すぐに嫌気がさして辞めちまった。

 今はもう、そんな熱も、連中への興味もない。


 キーボードを叩く指が止まる。

 書けねえ。


 安物のコーヒーはとっくに冷めて、ただ苦いだけだった。

 モニターの白い光がチカチカする。

 締め切りは明日。


 最新eスポーツタイトルのレビュー。

 派手な演出、巨額の賞金、メディア露出。

 結構なことだが、どうにも馴染めない。


 特に格闘ゲーム。

 昔、薄暗いゲーセンの隅で100円玉を握りしめて感じた、あの剥き出しの熱気とは何かが違う。

 ビジネスの匂いが強すぎるんだよな。


 だが金のためだ。やるしかない。

 そうか、おれだってビジネスだ。

 ありがたい事じゃないか。


 その時、スマホが鳴った。

 見覚えのある名前。

 昔、少しだけ世話になった編集プロダクションの男だ。

 なんとなく、嫌な予感がした。

 こういう勘はなぜかよく当たる。


「……もしもし 佐伯です」


「ああ 佐伯君? 久しぶり。ちょっと耳に入れときたい話があって……」


 声が硬い。

 電話の向こうで何か言いにくそうにしているのが分かる。


「ケンジ君っていただろ?君が前に記事にした若い格闘ゲーマー」


「ああ……ケンジ。新宿育ちの。ちょっと生意気な奴だけど、とびきり上手かった。彼がどうかしたんですか?」


「……亡くなったそうだ。今朝方、自宅のマンションで……」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 ケンジ。

 新宿育ちらしく、少し生意気で、人見知りで。

 だけどレバーを握ると目の色が変わる奴だった。

 まだ二十代そこそこ。


 あいつは本物だった。

 ちゃんと育てば、表舞台でデカい星になれたはずだ。

 俺はそう信じてた。


「……警察は自殺として処理するみたいだ。将来を悲観して、とか何とか……」


 将来を悲観? 馬鹿言え。

 あいつが?

 あのケンジが?


 ケンジと初めて会った時の言葉が蘇る。


「佐伯さん見ててくださいよ。俺、絶対テッペン取りますから」


 予選会場の隅。

 あいつはそう言って、不器用に笑ってみせた。


 ちょっと昔の格闘ゲーマーを思わせる雰囲気。

 俺はそれを気に入っていた。


 ゲームしか取り柄がないようなワルガキ。

 指先は固まったマメだらけだった。妙に真っ直ぐな奴だったんだ。


 頭の中で場面が切り替わる。


 大きなステージ。眩しいライト。巨大スクリーンに映し出される高速の攻防。

 ヘッドセットをつけ、モニターを睨むケンジの横顔。

 勝った瞬間に見せた、照れたような小さなガッツポーズ。


 あそこがお前の居場所だったはずだろ……!


 あいつが死んだ? 自殺?

 信じられるか。

 何かの間違いに決まってる。


 電話を切っても、俺はしばらくその場で固まっていた。

 部屋の中がしんと静まり返っている。


 安アパートの薄い壁の向こうから、隣の部屋のテレビの音がかすかに聞こえる。

 どうでもいいお笑い番組の、わざとらしい笑い声。


 将来を悲観?

 嘘だ。何かがおかしい。絶対に。

 あいつは簡単に諦めるような奴じゃなかった。

 もっと別の、何かだ。


 新宿――。

 もしかして、あの街の影に、呑み込まれたのか……?


 腹の底で、何かがざらりと動いた。

 怒りなのか、それともただの感傷か。

 よく分からない。

 だが、このまま知らんぷりはできない。

 そう思った。

 面倒なことに首を突っ込もうとしてる自覚はある。

 それでも、だ。


 俺はくたびれたジャケットを引っかけると、ドアに向かった。


 行く当ては一つしかなかった。

 新宿ゴールデン街。あの古ぼけたバー。

 マスターなら、何か知っているかもしれない。


 ……そんな気がした、としか言いようがない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る