桜、きみは幸せでしたか?

春乃香 はるのこ

第1話

「最後、だね…」

タツキは呟いた。

涙ぐみながらカスミは、深く頷いた。

3年間同棲した部屋は、一人分の荷物が無いだけでかなりガランとして見える。

古びたカーテンを取ったせいか、窓の外の桜が残酷なほど花びらを奪われていく姿がカスミをより切なくさせた。

視線を切るようにカスミは足早に家を出た。



「もう?いい〜?」

部屋からひょっこりと半分顔を出したリナだった。

タツキの胸に飛び込んで抱きついた。

「やっと!やっとだよぉ〜」

とタツキの感傷的な表情を蹴散らせたいとばかりに、体を揺すった。

「君とはこうなったけど、あいつも同じ位大切にしてたからね…」

そう言って、玄関の方を眺めた。

「もういいのぉ〜!終わった事なんだからぁ、あたしここに住むの?」

嬉しそうに騒ぐリナの甲高い声は右から左へ抜けて行った。

「ねぃ、見て!桜が綺麗」

もう、半分ほどしかないピンクの花びらが、青空広く舞い散った。



カスミは、元来た道を駆け足で戻っていた。

(伝えなきゃ、最後に、伝えなきゃ) 

その一心で階段を駆け上がり、荒い息で家の玄関まで辿り着いた。

焦り過ぎたのか、ドアをキチンと締め忘れた様だ。その中から女性の声が聞こえてくる。

恐る恐るドアの隙間から覗いてみる。

(え?!)

見覚えのある女性が楽しそうにタツキと話している。

呆然としながらも、伝えてなきゃいけない言葉が脳裏に浮かんだ。

(本当に幸せでした)

その瞬間目の中から水が溢れ出した。

カスミは静かにドアを締めて、後にした。

そこに迷子の風が、桜の花びら3枚とヒュルヒュルと回ってラストダンスを披露した。



二人は窓の外を見ていた。タツキの心を叩く様に、ドンドンと風が窓を打ちつけた。

「よくバレなかったよね。でも、何があっても私介護士だから、任せてね!」

「嘘を突き通すのも愛情だからね。ありがとう。こんな短命な俺を受け入れてくれて…」




感謝の意を述べつつも、添い遂げられなかった罪悪感に苛まれた。

タツキは3年間上手くカスミに接していられたか、気になった。

形は違えど、同じくらいの愛情を注いできたはずだ。 

(このままで行くと、そのうちカスミに迷惑をかける。綺麗なものが好きなカスミの仕事の妨げになる。猫の様に何処かで亡くなればいいけどね…きみには、そのままのきみで生きていって欲しいんだ…)





(聞かなきゃいけなかった、最後に、どうしても聞かなきゃいけなかった)

容赦なく、激しい風が窓をガタガタと鳴らす。

騒いでいたリナも深妙な顔つきになり、春の嵐を見ていた。




リナをそっと引き寄せ優しく抱き寄せた。




行ったと思った桜の花びら郡が、もう一度戻って窓に張り付いた。

命を落とす最期の桜の語りかけ。




タツキの脳裏に、桜の言葉が浮かんだ。

(あなたは、幸せでしたか?)

そして、カスミの顔が浮かんだ。

(カスミは、本当に幸せでしたか?)





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