東京で出会った僕と彼女

浅野じゅんぺい

東京で出会った僕と彼女

1. 新しい世界


春。

新幹線のホームに降り立った僕の足元を、風に舞う桜の花びらがかすめた。


すべてが新しく、重い。東京の空気は思ったより冷たくて、肌を刺す。


初めてのスーツは肩に馴染まず、襟元が窮屈だった。生地は硬く、動くたびにぎこちなさを感じる。


駅の雑踏に飲み込まれそうになる。人々の流れが速すぎて、僕だけが止まったように感じた。


「ああ、どうしよう……」


自分の不安を何とか押し込めようとするが、胸の奥で膨らむ孤独感は消えない。


──ここでやっていけるのか? こんな僕が、この街で。


**


2. 孤独な入社式


入社式の会場は、思ったより冷たかった。


壇上の社長の声は遠く、同期たちは誰も僕と目を合わせようとしない。隣の男はスマホをいじり、後ろでは楽しそうに話す声が響く。


僕はひとり。取り残されている気がした。


空気が重く、息をするのも苦しい。まるで、透明な壁に囲まれたかのようだった。


心の奥で、何かが崩れそうな気がした。


**


3. 風に舞う紙


ビルを出たとき、ポケットから一枚の紙が滑り落ちた。


風に乗って舞い上がる白い紙。まるで僕の不安そのものが、宙を漂っているようだった。


「あっ、待って!」


追いかけるが、紙はふわりと誰かの足元に止まる。


「これ、落としました?」


顔を上げると、小柄な女性が紙を拾い上げていた。


その顔に見覚えがあった。入社式で、どこかで見かけた気がする。


「助かった、ありがとう。」


「どういたしまして。」彼女は一瞬、笑顔を見せた後、すぐにその笑顔を消した。


「今日入社式だったんだよね?」


「ああ、そうだね。」


彼女の目には少しだけ隠せない不安があった。


「なんか、落ち着かないよね。」彼女がぼそっと呟いたその言葉に、僕は驚いた。自分だけじゃない、と思った。


**


4. ランチの約束


その日のランチ後、僕は思わず声をかけてしまった。


「もしよかったら、今度、一緒にランチでも行かない?」


彼女は一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に変わった。


「いいね、じゃあ明日。」


その言葉が、僕の心にひとしずくの安心感を与えてくれた。


でも、明日、何かが起こる予感がしていた。


**


5. 心の距離


翌日。待ち合わせ場所で彼女を見つけたとき、なぜか胸が弾んだ。


「研修、どうだった?」


「うん、ちょっとだけ、ワクワクしたかも。」


彼女はあっけらかんと笑った。その笑顔に、僕もつられて笑った。


でも、ふとした瞬間、彼女の目が一瞬暗くなるのを見逃さなかった。


「どうしたの?」僕が聞くと、彼女は驚いた顔をした。


「ううん、何でもない。」


その一瞬の静けさが、僕の心に引っかかった。


**


6. 彼女の孤独


「実は……私も、君が言ってたように、東京に来てからすごく孤独だったの。」


彼女の言葉に、胸がざわついた。


「だから、声をかけてくれて、本当に嬉しかった。」


その瞬間、何かが崩れたような気がした。自分だけが孤独だと思っていたけれど、彼女も同じようにこの街で戦っている。


彼女は少し顔を背け、涙をこらえているように見えた。


「……君も、苦しいよね。」


言葉が出なかった。ただ、無力感に襲われた。


**


7. 変わりゆく日々


それから、僕たちは何度も食事を共にした。


だんだん、彼女が心の中で抱えているものが見えてきた。彼女もまた、すべてを背負って歩んでいる。


でも、彼女の笑顔が、少しずつ僕を助けてくれた。


そして、ある日突然、彼女が僕に言った。


「実は、東京での生活が辛くなったとき、どこかで君が頼りに思えた。」


その言葉は、予想以上に重く、でも嬉しかった。


**


8. 言葉にした想い


「君といると、少しずつ東京が居心地良く感じる。」


その言葉が、僕の胸の奥に深く刻まれた。


「私も、君といると安心するよ。」彼女の笑顔は、少しだけ優しさを増していた。


でも、その時、彼女の目が一瞬だけ曇った。


「でも、君にも知っておいてほしいことがあるんだ。」


彼女は深呼吸し、静かに言った。


「実は、私……前の仕事で、大きな失敗をして、東京に逃げるように来たんだ。」


その告白は、予想外だった。でも、僕は彼女を支える決心をした。


**


9. 明日へ


夜、部屋に戻ると、スーツをハンガーにかけた。


初めて袖を通したあの日の緊張を思い出す。


「明日は、もっと自分らしく生きよう。」


窓の外には、無数の灯り。


明日、何が待っているのか分からない。でも、彼女と一緒に歩んでいける気がした。


未来の僕が、この街を自由に歩いている。


そう信じながら、静かに目を閉じた。


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東京で出会った僕と彼女 浅野じゅんぺい @junpeynovel

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