第1話 第一議題 二人の神子

 神官議長がひとつ咳払いをして、右手人差し指をあげた。

「この度この議会の進行および記録を拝命しましたメノウと申します。この場での一言一句を記録し王への報告が私の仕事にございます」

 形式上、特別議会という位置づけで、神官メノウがまっさらな議事録に日付と開始時刻を記入し、事は開始された。

 だだっ広い講堂に議員も傍聴者もおらず、中央にテーブルクロスがおざなりにかけられた円形テーブルと等間隔に並んだ椅子が三つあるのみで、いるのは三人の王子とそれを記録する神官議長だけ。ここは随分殺風景な議会であった。


 今朝早くにくだった勅令を聞いて、遅すぎるくらいだとローズルは思った。顔を洗い身支度をしている時分に使者を送り込んでくるなど、あの血を値踏みするような、親が子を見る眼差しには到底なり得ない眼光をした男のやりそうな事だった。

 勅令は恐ろしく抽象的で、独善的な命令この上なかったが、国を揺るがす問題が生じ始めているのもまた事実だった。『三人で』という言葉は、もはや争えと言われるのと同義に見えた。


「まず今回は二人の神子について、伝承との相違を確認致します」

 一度に一議題。議会として行うのは、継続的に言葉を交わすことを王が望んだからだった。

「ヨトゥ国伝承記によれば、未来を見透す巫女が生命の泉より現れ、王に国の破滅を語るとされています。そして、召喚の儀式によりおろされた三人の神子がその破滅を防ぐ礎となると」

「だが事実、召喚されたのは二人の神子。しかも年端もいかぬ乙女と一方はあれでは、ねえ。伝承といえど美醜はハッキリとしている。神は残酷なこと極まりない」

 男は講堂に悠々と声を響かせ、喉を引くように笑った。

「足らぬ神子の話であって、特定の神子については今回の議題ではないはずですが」

 ローズルの言葉に、男はまた笑った。絹糸のように細く艷やかな金の長髪をいじるホニルという男は、人目がないことをいいことに、本来の軽薄さを隠す気がないようだった。

「ああそうだった。お前のところにいる神子が不憫でならなくてね。失敬」

 そう言って音を立てるように椅子を引いたホニルは、背にもたれて足を組んだ。講堂の前まで神子を連れてきたホニルに、「勅令を無視するのですか」と言い放ったローズルへの当てつけだった。

「伝承通りに事が進むのであれば、あと一人は何処へ行ってしまったのでしょうか。そもそも儀式に手違いはなかったか。おろされる以前に消えたのか。あるいは今世では二人で事足りるのか。可能性は様々に考えられますが」

 どうでしょうとお伺いを立てざるを得ない立場であることがローズルは歯がゆかったが、生まれ順だけが如実に序列になる、ここは平時そういうところだった。


 黙っていた残りの男が人さし指をすっと立てた。その指先に吸い寄せられるようにローズルとホニルは顔を向ける。ホニルの右手側、ローズルの左手側、神官議長の台座近くに座る男。王位継承権一位つまるところの王太子は、ホニルの五つ上、ローズルの九つ上の異母兄であった。

 青白い肌と白銀の髪からは生気を感じさせず、吊り上がるように開けられた金色の目は刺すような視線を寄こしながら、何も捉えていない風でもある。その容姿は見る者を恍惚こうこつとさせたが、継母の癇癪のタネにもなっていた。


「そも伝承物語というものは、現実味なく曖昧であるからこそ神話などど持てはやされる。今こちらとの相違を我々がいくら話し合っても何も得られまいよ。それはただ浅ましい願望と哀れな懇願だけだ」

 抑揚を欠いた低い声は、王のそれに誰よりも似ていた。

「そうはいいましても、神子が三人でないこと以外は伝承通りに事は進んでいます。如何に破滅を回避し国を守ることが王族としての役目でしょうに」

「おお、民に義賊に人気のある弟様はなんて国想いの王族に育ったのだろうね。兄として誇らしく、見習いたく思うよ」

 大袈裟に手を広げるホニルに、ローズルは小さくため息をついた。

「王が巫女より破滅の語りを聞いたのは確かか」

「そうでなければ、召喚の儀を行いますか」

 王太子の問いにローズルはすかさず応えた。神官メノウがまた人差し指を上げる。

「王曰く、宙より舞い降りし白銀の巫女が宵をもって現れ、破滅の未来を語らい、明けをもってして去ったと」

「随分詩的で情緒ある登場であられる。お父上は伝承の一節にでもなったつもりだろうか。いやはや、これはなかなか」

「事実はどうあれ、破滅の語りはあったと」

「そのようになります」


 メノウが答えるとシンとなって、三人は一時口を閉ざした。ペンが紙を走る音だけが微かに聞こえる。ペンが止まると王太子が口を開いた。

「伝承に沿って国を進めたいというのであれば、ともすればあと一人追加で神子を召喚すればいいのでは」

「召喚するには条件があると聞きます。月の満ち欠けと気候、それに場所など。詳しくは神官メノウ様より補足願います」

「ローズル様のおっしゃる通り、条件を揃えなければ完璧な神子は降ろせません。無理に降ろせば欠けた神子があるだけです。ですので、再度召喚の儀式を行うには四年後、揃わなければ八年後になります」

「時間はかかるが、それが最も確実か」

「確かに再度召喚の儀を行えば分かることも多いでしょう。ですが、余りに時間がかかり過ぎではないですか。それまでに出来ることなど幾らでもあるように思われます」

 一呼吸おいてローズルは背筋をしゃんと伸ばした。召喚の儀ぶりに顔を合わせた王子二人に想像以上の緊張はしていない。口もちゃんと回る。悪くない気がした。


「破滅とやらに実体はなく、見えもせず、聞こえもせず、とらえられぬ。伝承に具体的な解決方法が載っていない以上、事が起きてからしか対処出来ぬのが事実。今はせいぜい平時を保つくらいか」

「ただ指をくわえて待っているのですか。自国の崩壊を」

 ローズルは王太子ではなく、殊更興味なさそうに二人のやり取りを聞き流しているホニルに目をやった。

「随分威勢のいいお前には、余程いい案があるんだろうね。俺たちはどうしたらお国を破滅から守れるというのかい」

 結った髪の先を弄りながらホニルは組んだ腕を解き、前かがみになって威嚇した。

「私はまず鳥を探します。神子は鳥になって召喚されるという口伝を聞いたことがあります。伝承は必ずしもひとつの形で伝わるとは限りません。僻地にある口伝伝承を聞いて回りながら鳥を探します。国のどこかにおられる可能性もあります。兵を挙げ国中を探します」

「それはまったくいい案だ。ただ俺の兵は忙しない。お前のところでやってくれよ」

「無論そのつもりです」

「私の兵の四分の一は出そう」

「感謝します」

 ホニルが立ち上がると「今回はこれにて終了と致します」とメノウが言った。ローズルも続けて席を立ち一礼して踵を返した。

 婚約者探しの茶会の方がまだ有意義な時間を過ごせただろうになどと言い出したら、いつもすまし顔のバトラー長は顔を強張らせ宥めるか、はたまた縁談状を大量に抱えてくるか、どうするだろうか。頭を掠めた呑気な発想にローズルは自嘲した。

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