三人の王子とノエルの予言

ぬっく

プロローグ

※※※


 暗い暗いあるところに光が生まれました

 

 その光は瞬きひとつで天と地を分け

 もうひとつ瞬いて命をつくりました

 

 動き出した命に名前をつけると

 命はそれぞれ得意な形をつくって生活を始めました


 最後につくられた命は一番小さく

 まだ暗いままの荒れ地に隠れるように暮らしています


 見かねた光はその手を引いて

 世界の素晴らしさを見せました


 光に導かれた小さな命はやがて大きな樹に帝国を築き

 その三叉の根が伸びるそれぞれの土地に国を興しました


 人々は光を神と崇め、感謝と祈りを忘れることなく、何世代にも渡って豊かに暮らし続けているのです。


〜絵本帝国創設神話より〜



※※※



 城内西端にある礼拝堂への道は、高い城壁で日差しを遮られ草花さえ寄り付かず、場違いな泥があるだけだった。雨が降れば水捌けの悪い粘土質の土壌はさらに泥濘ぬかるみ、日照りが続けば淀んだ水のえた臭いが漂う。西庭園の葉一枚も飛び出さず丁寧に剪定された生け垣の裂け目を忍ぶように抜け、肥料臭に紛れてやってくれば、年中いつだって泥が出迎えた。そのおかげか好き好んで近寄る者はおらず、城からさほど離れていないのに、ここは随分と静かだった。


 礼拝堂の軋む扉を開けると示し合わせたように塵が舞った。文字通り踊るようにくるりと舞い、程なくしてどこかに落ち着く。一歩進めばまたくるりと舞い上がった後ゆっくり落ちて、更に一歩進めばまたくるりと踊る。床に足をつければ塵は何度もただ上下を繰り返す。それが面白いと言わんとばかりに永遠と。

 泥濘からついてきた泥は段々と乾き、塵となって舞ってどこへでも――鍵穴さえお構いなしに――入り込む。

 だから、女は毎回南京錠をとんとんと数度叩き、鍵穴から塵を落としてから鍵を開けねばならなかった。回りの悪い重い錠を毎度開け閉めするのは少し億劫だが、誰も入ることは出来ないというのは一縷の安心感がある。

 誰にでも開いているはずの門戸にいかつい錠がかかっているのは女の趣味ではない。忍び込んで遊ぶ年頃の男の子をいさめる為の錠は、成人の儀を迎え、秘密基地に現を抜かす心を無くした今となっては無用の長物であったが、女は取っ払う気になれずに、多少の文句を言いながら毎度塵を落とし開閉している。

 

 掃き掃除をしない礼拝堂の床には祭壇へと続く一段と白い道が出来ていて、その上を女が歩くたび、また新たな泥が落ちた。点々と残る黒い足跡も半日もすれば乾いて白くなる。そして、端から崩れて気まぐれに舞い、女がやって来てはまた新たな泥が追加される。それもまた繰り返しだった。

 二年近く繰り返された白い舞は、信心深い人物に座られることのないチャーチベンチも、長らく開けられず錆びれた窓枠にも、触れれば色が変わるほどの塵を積もらせている。天に捧げた手に白くふんわりと降り積もらせた神の像は、いささか不機嫌そうにも神秘的にも見えて、女は思わず微笑した。


 礼拝堂の中にある全ての物が、城に住まう人たちが近年神に仕えることにあまり興味がないことを雄弁と物語っていて、女はそれを分かった上でこれを朝夕の日課にした。本来であれば座る人々に向け説教をする教卓に背を向けて立ち、形ばかりに教本を開いて神の足元に置き、両手を組んで目を瞑る。

 神官とは名ばかりの、つゆほどの信仰心も無いというのに、「お前はここの神官だ」と言われたその日から欠かさずこの軽侮けいぶな真似事をしているせいで、そんな気もし始めてしまっていた。


「長を務めると聞いた」

 淡々とした声に応えるように教卓上の塵が舞った。今度はくるりと舞わずに停滞してゆっくりと下降していく。そして床に着くころには、いつの間にか現れた長身の男が最前列のチャーチベンチに足を組んで座り、祈る女の背を見つめていた。

「お前がそんなことをしなくてもいいのでは」

「これが私の仕事ですので」

 女は祈る姿勢もそのままに、身動ぎ一つしないで返した。

「随分と人間らしくなったな」

「私は神に祈ることしかできない、ただの人間です」

「あれはそうは思っていないようだが」

 濡れた白銀の髪から覗く金の瞳が脳裏に過って、女はより一層手を強く握り込んだ。

「それも分かっております。ただ……何でもありません」

「それで、いいのか」

 男は振り向く気配のない背に向けて、ゆっくりハッキリと問いかけた。

「それしかないのです。もうここに来てしまったからには」

「そうか」

 ジャリジャリと泥を踏みしめる音が扉から出ていく気配に、女は手を解き振り向いてもう一度祈り捧げた。

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