税金

 クロノスの街、かつてゼウスの準首都の郊外にある召喚獣返還施設に行くことにした。街から街への道は整備されていて、定期便の乗合馬車も通る街道を三頭の馬で歩いた。

「わたしは帰らないわよ」

「て言われてもさ。召喚獣を飼うにしても召喚獣税法があるんだ。とても僕が払える額でもなくてね」

「癪に障るわね。いくら?」

「年間にして10ゴルベはいる。召喚主も捨てる理由の一位が税金だ。例えば雇うとなればどうなんだろうか。聞いてみるか」

 駅で降りた。

 平屋の巨大な建物に入ると、あちらこちらで食事をとるものや酒を飲むものがいた。

 隅のボックスに魔法回線がある。

『お?ヴィンじゃない。調子どう?』

 黒髪の美しいフレンシアが現れた。彼女はヴィンの姉で会社を経営している。

「召喚獣雇う気ない?」

『どんな?』

「ラマル族」

 回線が切れた。

 再びかけなおした。

『舐めとんのか。もう戦場で傭兵雇う部署は売却したのよ。今さらラマル族なんていらないわよ。しかも言うこと聞いてくれるの?』

「話はわかる子だよ。会社で雇えば税金も安くなるかなと。帰りたくないらしいんだ」

『あなたが雇えば?』

 面倒そうに答えた。

 早く措置を決めないと、返還が遅れると抱え込んでいるだけでカネがかかる。

『今どこ?』

「デントの港の近くの街道なんだけどさ」

『ちょうどいいじゃない。シュミットが郊外にいるはずよ。頼ってみたらどう?』

「ラマル族だよ」

 ヴィンは声をひそめた。

 こんな荒くれものを師匠に任せるのもどうかなと思うんだよと付け加えた。そんな荒くれものを会社に押し付ける気かと返された。

「ヴィン、相談は済んだの?」

 スレイが肩越しにボックスを覗いた。

 何だ、これは?と。

 魔法通信だと答えた。

 スレイは画面の中にいるフレンシアを爪でつかもうとした。

『ずいぶんキレイね』

「おまえはヴィンの何?」

 ヴィンは姉さんだと答えた。

 ボックスは狭いんだから出ていってくれと追い出そうとしたが、スレイも我が強い。魔法回線なんてはじめてだから話させろと言い、何の話をするんだと言い返した。

『あのね……』

「フレ姉は師匠と話してるの?」

『彼、既読無視ね。アマンダなんてずっと話してくれないと泣きながら話してくるわ』

「何かあったの?」

『召喚獣対策法に激怒してる。わたしたちのせいにされてもさ。思わない?止められることと止められないことあるわよね。アマンダなんて議会の権利あるんだから何とかしろと責められてさ。話もしてくれないみたいよ』

「アマンダ?」

 スレイが呟いた。

 回線が切れた。

「傭兵のアマンダのこと?」

「知ってるのか」

「一緒に戦ったことがある」

「仲間か。今は一国の領主だよ。アマンダなら君を雇ってくれるかもしれないな」

「殺されかけた」

「……敵ね」

「恨みはないわ。でも今度はわたしが勝つ」

「あ、そう……」

 シュミットを訪ねることにした。

 怒ってるのかな。

 怒られたしな。


 小さな村を訪ねた。

 少女が賢者シュミットは丘の上の小さな白い家で暮らしていると教えてくれた。

「スレイ、君は姿を消して」

「裸で?」

「人のマネをして」

「演技ね」

 スレイは瞳を輝かせた。

 こうして魅了してきたのだ。

 村の少女らしきお手伝いが現れた。

「本当に来ました」

 短い髪の子が庭に叫んだ。

 リビングを抜けてフランス窓から庭へと出ると、シュミットが椅子でくつろいでいた。

 ヴィンを見ると、黒髪をいつもの癖で撫でながらほほ笑んでくれた。クロノスとガイアの戦争を終わらせた賢者シュミットだ。

「よく来たな」

「ご無沙汰してます」

 少女が紅茶を運んできた。

「酒がいいかな」

「はい」

 スレイが答えた。

 おい。

「魅力的な瞳で何人食らってきたんだ」

 二人は見つめ合った。

 ヴィンは冷や汗が出た。

 少女がウイスキーとグラスを持ってきた。

 マジかい。

 シュミットがグラスに注ぐと、スレイに渡して自分も手にした。

 グラスが震えていた。

 カチンと合わした。

 スレイがシュミットから目を離さないまま一気に飲んだ。

「は、はじめまして。ラマル族のスレイと申します。こ、このたびは……えっ……と」

 シュミットは酒を口に含んだ。

 スレイはヴィンを見た。

 今にも泣きそうだ。

「元の世界へ戻れば、ただのラマル族のメスとして虐げられるだけです。ですからここで暮らしたいんです。わたしに御慈悲を……」

「何人殺した?」

「せ、戦争でですか?」

「戦後だ」

「三十人くらい?」

 指折り数えた。

 村人を三十人もか。

「忘れろ」

 シュミットは答えた。

「だがこれからは殺すな。おまえに敵意がある奴とも会うかもしれないが殺すな」

 ヴィンはシュミットに見つめられた。

 緊張する。

「おまえはバカか。捕まえればどうなるか考えもしないで捕まえた」

「考えましたけど」

「まだ話がある」

「す、すみません」

「召喚獣が元の世界に戻ることが幸せになるとは限らない。連れてきた本人が悪いのはもちろんだとして、おまえたちにも責任がある」

「はい……」

「共存する道を作れ」

 重い。

 責任が重すぎる。

 相手がでかすぎる。

 国だぞ。

 





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