十二月十八日 午前七時
クロが肩を揺さぶるので、目が覚めた。俺は夢境に落としていた自分の体を取り戻してから、目を覚ます。
クロは既に着替えを終えていた。黒いシャツに黒いズボン。カーテンの隙間から柔らかく白んだ空と比べると、余りにも濃い黒だった。
「さっさと起きろ。もう日が出たぞ」
「ん……ふぁ……」
欠伸しか出てこなかった。普段あまりにも寝ていないせいだろう、こうして深く眠ると中々調子が戻らない。俺はだらだらと朝の寒さに身を震わせながら寝巻からいつものパーカーに着替えて、自分の荷物を抱えた。
「準備できたか?」
「顔だけ洗わせてくれ……駄目だ、マジで眠い……」
「一発いいの食らわせてやろうか?」
「昏倒するわ」
ふざけて手を振り回すクロをから逃げるように部屋を出る。すると廊下には、しゃっきりとした顔で、研究所に居た時のようなスーツを着た千和さんが立っていた。なんとなく教師にふざけ合っているところを見られたような気不味さを紛らわすように、頭を掻く。
「ええと、おはようございます……?」
「おはようございます。折角なのでお見送りを、と思いまして」
「それは、ありがたいですね」
自分でも何を言っているのか若干分からなくなりながら、クロが思いっきりぶつかってくるのをいなした。
「なんだ、随分早いじゃねぇか」
「折角ですし、ね。それに、ここを逃したら、もう会うこともないでしょうから」
千和さんはいつも通りの落ち着いた顔でそう言ったけれど、声はこれまでに聞いたことが無いくらい、優しかった。彼女も彼女なりに、俺達を良く思ってくれているのだろうか。そうだったら嬉しいことこの上ないが。
そう思ってしまうのも、俺の悪いところなんだろう。頭を振って、フラットな気分に切り替える。
彼女がどう思っているかは別として、見送ってくれるのならそれでいいじゃないか。
俺達は階段を降り、リビングには行かず、洗面所に立ち寄って顔を洗って、玄関まで向かった。朝食は移動しながらということに決めている。時間の有効活用だ。
焦る必要はないが、削れる時間は削るべきだ。バランスを取りながら進むのが一番いい。
玄関で靴を履いて、靴紐を強く縛った。もしかすると、こうして落ち着いて準備を整えられるのはここが最後かもしれない。家を一歩出た瞬間から、誰に襲われるかもわからない世界だと思わなきゃならない。
玄関で、ゆっくりと深呼吸。埃臭さはない。靴墨の匂いが僅かにする、どこにでもある玄関だった。
「クロさん、ハチさん。二人とも、どうかお元気で。怪我無く目的を果たせることを祈っています」
千和さんは穏やかに言祝ぐと、綺麗なお辞儀をした。
「千和さんも、どうかお元気で」
「ああ、また会えることがあったら、そん時は乾杯でもしようぜ」
クロが扉を開ける。
冬のつんとするような、澄んだ空気が肺に流れ込んでくる。
俺達は、また旅を始めた。
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