5-15


「あの新卒の子、どうですか」

 昼食の時、ふとそんな話題になった。

 有村が困ったように言う。

「あの子、とんでもないですよ。お客さん並んでてレジで大変なのに、勝手にいなくなっちゃって。あれ? いないなーって思って、私が用事があるから二階に行ったら、そこで水飲んで休憩してるんですよ」

「えーそれはさすがにひどいなあ」

「あら、それを言うなら宇藤さんもそうよ」

 各務が言った。

「宇藤さんもしょっちゅう仕事中にお茶飲んでるもの」

 碧はそれには、なにも言わないでいた。手の空いた時間を見て水を飲むことくらい、誰でもやっていることだし、碧がやっていることだって花の流れていない、やることのない時間のちょっとした隙だけだ。

 そんな常識知らずの子と一緒にされる筋合いはない。

「でも、さすがに宇藤さんはどこかに行っちゃったりしないでしょ」

「それはそうだけど」

 帰り道、美津子にそれを愚痴ると、

 『性格の悪いおばちゃんだな』

 と言われた。

 『仲はいいんだけどね。なんというか、下町のひとだから口が悪いんだよ』

 また次の日、年末の繁忙期に向けて人員を増やすのに面接に来るための人間がひっきりなしに来ていて、二時半に面接を予定していた者が三時になっても来ず、迷っていると電話が来た、と事務の人間が河西に説明に来たことがあった。

「どこからこっちに向かってるんですか」

「駅みたい」

「駅からここまで来るのに、迷ったの?」

 駅から職場に来るには、直線距離だ。角を曲がって、突き当りをまた曲がればいい。

 迷いようがない。

「そんなんでここでお勤めできる?」

「うーんどうなんだろうねえ」

 と言い合っていたら、各務が横から、

「あら、そんなこと言ったって宇藤さんだってできないんだから大丈夫よお」

 と口を挟んできた。

 碧はそれでむっとして、また帰り道に美津子にメッセージを送った。

 『そりゃ私はできない子だけど、できることだってある。できないことの引き合いに私を出すの、やめてほしい』

 『相変わらず性格の悪いおばちゃんだな。障害者だからって差別してんだろうな』

 『あと、おばちゃんの水筒が見当たらなくなったことがあって、ないないないないーって言ってたことがあったの。みんなでどうしたのーって言って、探してたら、ひょっこり出てきたことがあったのよ。なーんだ、こんなとこにあったんだ。ってなって、私があったよかったね、って言ったら、宇藤さんに言われたらおしまいよ。って言われて。それってどういう意味?』

 『どういう意味かはわからないけど、馬鹿にしてるのはよくわかる』

 『多分私みたいなうっかり者に言われたくないって言いたいんだろうけど、心配してるんだからそういうこと言わなくてもいいと思う』

 『せっかく探してあげたのにね』

 発達障害は、目に見えない。手で触ることもできない。それに、碧の障害特性はとてもわかりにくい。健常者と区別がつきにくいため、ついつい健常者扱いしてしまうことがある。

 しかし、碧は障害者なのである。それを周囲は忘れている。

 理解しているのは、美津子くらいだ。

 それと。

 ――それと、獅郎さん。

 獅郎さんは発達障害の本とか読んで、こういう特徴があるからこういうことがある、とか勉強してくれて、だから理解もしてくれたんだよな。部屋が散らかってるのも、なんにも言わないでいてくれたし。

 年末は、相変わらず十連勤だ。

 碧は今年こそ、と万全の体調で臨んで、今度こそ十日間をやり切った。

 そうして十二月が終わった。

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