第8話
「もーっ!これじゃ散歩部じゃなくてほぼ温泉部じゃん!」
今里裏すは、が頬をぷくっと膨らませ、ふてくされたように腕を組んだ。
――散歩部の活動予算のほとんどが温泉浴に集中していることが、その理由だった。
もともと「散歩部」として創設されたはずのこの部活。しかし、いつの間にか定番コースのダムや白樺の別荘エリアに加え、「フルコース」としてゲーセン・喫茶店・岩盤浴・温泉浴がセットになり、ついには強行温泉巡りがメインになりつつあった。
今日は新しく発見された秘境の温泉を目指し、三人は登山鉄道に乗り込んでいた。
ゴトゴトと揺れる登山鉄道。
時折、窓の外を霧が流れ、木々の合間から遠くの渓谷がちらりと見える。
ほぼ貸し切りの登山鉄道の車内で、早百と合亜は窓の外を眺めながら、静かに興奮を高めていた。
「ねぇ、すはちゃん。実はこの温泉、ちょっと変わってるんだって。」
合亜が小声で囁くと、今里裏すは、は興味を引かれたように顔を上げた。
「どんなですか?」
「ふふ、それは着いてからのお楽しみ♪」
今里裏すはは少しムッとしながらも、次第にワクワクした表情に変わっていった。
鉄道を降りると、そこには静かで風情のある温泉街が広がっていた。
細い石畳の道を進むと、湯けむりが、ほのかに漂い軒先には「名物温泉まんじゅう」と書かれた小さな看板が揺れている。
「うわぁ……本当に秘境って感じ!」
今里裏すは、は思わず感嘆の声を上げた。
「さ、さっそく行こう!」
早百が元気よく先頭を歩き出し、合亜と今里裏すは、もその後を追った。
やがて三人が辿り着いた温泉は、まさに異世界のような光景だった。
滝温泉――。
そこはまるで山奥の滝そのもの。
温泉が滝のように上から流れ落ち、大きな滝壺が天然の露天風呂となっている。
岩場の間からは湯気が立ち昇り、滝壺に浸かれば、暖かいお湯に包まれながら、滝の音をBGMにリラックスできるという贅沢な空間だった。
「うわぁぁぁ……すごい……!」
今里裏すは、は目を輝かせながら、真っ先に滝壺へ飛び込んだ。
「きゃーっ!」
今里裏すは、は勢いよく流れ落ちる温泉の滝の下へと立ち、頭からお湯を浴び始めた。
「うぅぅ……!でも……気持ちいいっ!」
ゴウゴウと流れ落ちる温泉の感触に、今里裏すは、は至福の表情を浮かべる。
その様子を見ていた早百と合亜は顔を見合わせ、微笑んだ。
「すはちゃん、滝温泉めっちゃ気に入ったみたい。」
「うん、なんかすごく楽しそう。」
滝壺の湯に肩まで浸かりながら、二人はそんな会話を交わしていた。
しばらくして、早百と合亜は湯船の中から、滝に打たれる今里裏すは、をじっと見つめた。
そして、ふと気づいたように声を揃えた。
「すはちゃん……やっぱり、なんていうか……全然無いね。」
今里裏すは、は滝の下でピタッと動きを止め、ゆっくりと振り向いた。
「……?」
「成長止まってる?」
合亜が冷静に尋ねる。
「うーん、たぶん……」
早百が腕を組んで考え込む。
「すはちゃんの遺伝子が、すはちゃんの成長を拒否していて……」
「魔法少女なのに?」
「魔法少女だから?」
二人の間に、ふわっと沈黙が流れた。
今里裏すは、は顔を真っ赤にして、湯気の中でぶんぶんと手を振った。
「もうーっ!なんなのその結論!私の遺伝子は私の味方ですよっ!」
「……たぶんね。」
「ちょっと!そこ疑わないで!」
今里裏すは、の抗議もむなしく、二人は楽しそうに笑いながら温泉の湯を揺らした。
滝の音が響く温泉で、三人の笑い声はゆるやかに溶けていくのだった――。
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