第6話 アマンダの夢 

 岬の先端に向かってわたくしは、少し早歩きで歩いていました。行き先が岬なのは、わかっています。深い霧で覆われた森の一本道を、迷いなく夢中で歩き続けました。


 体力はからっきしダメなので、いつもならへたばってしまうところですが、全く歩調は落ちません。

 それどころかさらに速くなっていくのです。顔に霧が当たって冷たいのがとても気持ちがいいのです。

 この辺りで少しずつ霧は抜け始めます。それはいつも同じです。


 ほら―


 視界がクリアになって、わたくしは走りだしました。そこに唐突に岬が現れる。弧を描いた三日月のような岬が現れました。

目の前に広がる碧い海―


 岬の先端には誰かがいて、遠いのでぼんやりとはしているのだけれど、若い男の人だとわかっています。その青年の周りだけはとても明るく光が放たれていました。


 ああ、朝日がちょうど海から顔を出し始めているんだわ―


 そう、いつもロマンティックな気持ちになるのです。海の方を向いているので青年の顔は見えないのです。私は彼に向かって、躊躇もせずにどんどんと歩いていきます。


 彼は今にも振り向きそうなのに、なかなか振り向かないのです。声をかけられるくらい近くにまで行きます。

 声をかけたいけど、かけられない。やはりもどかしい時間が過ぎます。


 すると彼が振り向きそうになりました。

 やっと……。

 心臓がドキドキしています。だけどあと少しのところで朝日が昇って、眩しくてわたくしは目を閉じてしまうのです。だからその青年の顔は見えないままです。


 彼は偶然ここにいるのではないのは明らかでした。

 わたくしに逢うためにここにいることを、知っているのです。

 


*****



 二時間目が終わった中休み。温かい日差しを求めて、何組かの少女たちが庭園に集まっています。


「ねえ、アマンダ。きっと彼は素敵な王子様なんじゃないかしら?」


 両手を合わせて瞳をきらきらさせてジャスミンが言いました。彼女は学級代表をしていますが厳しいことも言わないし、威張ったりもせず、皆から好かれていました。


「図書室にあった物語に出てくる……あの岬なんじゃないかなぁ? なんとか岬っていうの。好きな人と行くと結ばれるって言う場所……名前忘れちゃった」


 エミリーもくせっ毛を指にくるくる巻きながらやってきました。髪を触るのはどうやら癖のようです。


「なにそこ? 行ってみたい! なんとか岬」


「ふふっ、エミリーはそんなこと信じるのかい?」


 ステラに言われ、嬉しそうに何度も頷くエミリー。でも一人で行くのは嫌だからねと付け加えています。ステラと二人で行きたいのでしょう。わかりやすい子です。

 

 休み時間、わたくしの不思議な夢の話にみんなで花を咲かせていました。

 なんだかお茶会も、お話会も歌もダンスも飽きてしまっていました。なので前から繰り返し見る夢があって、クラスメイトたちに話してみようかと思いに至ったのです。


 ほんのきまぐれです。


 わたくしたちは庭園にいくつかある木のベンチに腰を下ろしています。その周りにはジャスミン、ステラとエミリー、あと数名の女の子がいます。クリスティーナの取り巻きと言われたりする少女たちもいます。


「あれ?」


 そういえばいつも話の中心にいるクリスティーナがいません。


「クリスティーナは、またなにかやらかして職員室に呼ばれているわ」


 エミリーが呆れ顔で言います。そうだったのね。静かなはずです。


「おお、麗しのアマンダ。私とどうかダンスのお相手を」


 ボーイッシュなステラは急にそう言って、王子様さながらわたくしの正面に来て跪いてみせて、その後ダンスを踊る真似をしてみせました。

 わたくしは待ってましたとばかりに咳払いをして立ち上がりました。もちろん冗談です。だから周りにいた数名の女の子は笑いました。珍しい〜と、声が聞こえました。

 さらにわたくしは背筋をピンとして姿勢を整え、長い黒髪を片手で後ろに払います。


「おっ」

「アマンダ! ちょっと、まさか踊るの?」

「いいね!」


 ジャスミンや他の子も囃し立てます。普段のわたくしはそこまでお調子者ではありません。また椅子に腰かけてしまいます。


 でもこのときは違いました。本当に退屈していたのでしょうね。わたくしとステラはお互いの肩に手を置き、腰に手を回しました。そしてアイコンタクトをして、緩やかに華麗なワルツを踊り始めたのです。


 小さい庭園に歓声が上がって、遠くにいた女の子たちもこちらを見ています。

 お互い遠慮がちに踊っていたのだけど、人間というのは少しでも目立つと、なんて言うか……もっとさらにとでも言いますか、恍惚感のようなものを感じるみたいですね。


「やっぱり上手だね。僕のお姫様、麗しのアマンダ……」


「王子さまも随分とダンスが上手いのですね」

「光栄だな」


 なんて、本当に王子とお姫様にでもなったかのようにゆっくりと二人で揺れながら踊ります。


「あれ? あの子……」


 わたくしは踊りながら、庭園の奥のあずま屋に腰かけている子を発見しました。なんだか見たことがあるような、ないような……。


「なんであんなところに一人でいるんでしょう」

「エミリーのことかい? 怒ってるのかな……ほっときなよ」


「いえ、エミリーは木に寄りかかってます。はい、かなりふてくされています」


 わたくしがそう言うと、ステラは吹き出しました。アマンダって面白いねとステラは言いましたが、自分が面白い人間とは全く思いません。


「じゃあ違う棟の子じゃないかな? 女の子? 冒険でもしにきたのかな?」


「女の子です。怒っているような顔をしています。じっとこちらを見ていますよ」


 ステラにリードされるようにくるっと一回転しました。今度はステラがあずま屋を確認する番です。


「誰もいないじゃないか」

 そう言ってステラは笑いました。


「え? あら……本当」


 振り返ると、もうあずま屋には誰もいません。誰だったのでしょう? わたくしの見間違いかもしれませんわね。


 体を動かすのはやはり気持ちがいいです。わたくしは半分冗談にこう言いました。


「ステラさん、本気を出してもよくってよ」

「今日はいつもと違うね、アマンダ。僕のステップについてこれるかな?」 


 その台詞を合図に、わたくしとステラは駆けるように優雅に庭園を横切りました。キャーと甲高い声と拍手が響いて、それは中庭にいた全員の注目の的になりました。

 普段は目立つことは極力したくはないけれど、なぜか優越感も湧き出てきたのです。


 ジャスミンがとても興奮して、近くにいたソニアの肩を何度もパンチしているのが横目に見えます。

 なんだかバカみたいな感じです。


 ソニアは副代表で学級代表のジャスミンの補佐をしています。


「痛い、痛いジャスミン! ちょっと落ち着け」

 ソニアの困惑した声がします。


 庭園を一周して息を切らせて戻ってくると、皆が拍手をしてくれました。


「ステラ、アマンダ。上手いわ! ダンスでも入賞するかもね」


「二人ともすごいよ」


 ステラとわたくしはジャスミンたちに向かって、かっこつけて同時にお辞儀をしました。やっぱりダンスはとても楽しいですわよね。

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