第9話 吸血鬼は依頼主
「あら、やだ。そんなにおびえて。なにか怖いものでも見たのかしら?」
今のところ、あなた以上に怖いものなんてないですけど!?
……そうだ!イチかバチか―――
「わ、私を食べようとしたって、そうはいきませんよ!私をおそえば、シロハっていう、すごい強い妖怪があなたを灰にしちゃいますよ!」
この人も妖怪なら、シロハの名前は知っているはず……。
「あら?まさか、ワタクシのことを、人間をおそう低俗なヤツらと、かんちがいしてまして?」
ドレス姿の女性は羽をパタリとしまい、手にもっていた、フリルつきの傘をさした。
「本当にお話にきただけよ。それも、あなたのお師匠様に」
お、お師匠様?
「……それは、絵を買いにきた。ということですか?」
女性はうなずく。
「ええ、他に用があるわけないでしょう?」
女性は口元に手をあて、クスクスと上品に笑う。
「では、なぜ、わざわざ私に?あやかしの山を出てまで話す必要は―――」
そこまで言ったところで、女性に口をおさえられた。
「下品な妖怪どもが、ギャーギャーさわぐせいで、お話なんてとても無理でしたの。コソコソするのは好きではないけれど、ワタクシの仲間に尾行していただきましたわ」
女性は指をパチンッとならすと、「お仕事は以上ですわ。帰ってちょうだい」と空に向かって言いはなつ。
すると、見えていた範囲のコウモリだけでなく、山全体からコウモリたちが飛び出してきて、あやかしの山の方角へと飛びたっていった。
「……あぁ。そういえば、まだ名乗っていなかったわね。ワタクシは、アカネ・シュオン。高貴なるシュオン家の10代目当主にして、あやかしの山、唯一の吸血鬼ですわ」
アカネは傘をもっていない方の手で、ドレスのすそをもち、深々と頭を下げる。
「えっと、アカネさん。絵のことなんですが、私にはなにも……」
絵を買ってくれるのは嬉しいけれど、私に言われてもなにもできない。
「いえ、予約をしたかっただけですわ」
「予約?」
それこそ、私にできるはずがないけど……。
「別に書類がどうたら、なんて言うつもりはありませんわ。ただ明日もあの調子で家に入れないと困りますの。だから明日の昼11時。ワタクシがそちらに向かいますわ。ですから、家に入れてほしいのです」
「はぁ。わかりました。師匠に伝えておきます」
アカネはニッコリと笑うと「それでは、また」といって、空へと飛び去っていった。
「……はぁぁぁああああ」
私はへにゃりと地面にすわりこむ。
「死んじゃうかと思った」
* * *
そして、当日。
私は朝一番に、このことをシロハにつたえて、11時にそなえてもらった。
「いやはや、新聞はどうなることかと思ったが、ちゃんと絵を買いに来てくれるヤツもいるじゃないか。ハイラに感謝だな!」
クロカにも伝えたところ、予想通りというか、ホントに調子のいいひとだ。
クロカはノリノリで絵の準備をはじめていた。
「来たわよ、例の吸血鬼」
シロハはヒョコッと玄関から顔をだすと、私たちを手招きで呼んだ。
2人で玄関に近づくと、たどりつく前にアカネが、ドアをあけて家に入ってきた。
「ウフフ。失礼しますわ」
「勝手に入るとは、本当に失礼なやつだな」
クロカはむぅ、と冗談っぽく文句をいうと、アカネはおもしろがってクスクスと笑う。
「あらやだ、ワタクシ、つい楽しみで、前のめりになってしまいましたわ」
そんな言葉を聞いたクロカは、手のひらを返して上機嫌。
「なんだ!それなら、しかたない。いやぁ、しかたがない」
アカネはさらに、クスクスと笑う。
「……ごようけんは?」
シロハがしびれをきらして、たずねると、アカネはシロハの方をふりかえる。
「そうですわ、ワタクシ、ここに依頼をしにきたのですの」
「「「依頼?」」」
ただ絵を買いにきた、というわけではなさそう。
「吸血鬼というのは困ったことに、姿が鏡にうつらないのですわ。だから、生まれてから、ワタクシは自分の顔を見たことがなくて……そこで!絵が描けるというあなたの元へやってきた。というわけですわ!」
アカネはクロカに向けて、ビシッと指をさす。
「えっと、つまり?」
クロカは、アカネに話のつづきをうながす。
「ワタクシの絵を描いてほしい!ということですわ!」
ハイラのときとはちがって、描いてほしい絵をお願いするってことか。
「……なるほど、ちょっとまってな!今、準備するから」
クロカは道具を取りに2階へかけのぼる。
「ウフフ、元気な方ですこと……そうですわ!そこの人間さん?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
いきなり呼ばれるものだから、びっくりして変な声がでちゃった。
「私、フシギなものが大好きなの。まっている間に、アナタたちのこと聞かせてもらってもいいかしら?」
アカネはシロハの方を向き、「もちろん、あなたも」と言って、部屋のソファに腰かける。
「おもしろさによっては、ほうびも考えましょうか」
ウフフ、とアカネは笑い声あげた。
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