第5話 あなたの夢は
そんなこんなでクロカと来たのは、大きな木のアーチが入口の小さな森。
つづく道は真っ暗で先が見えない。
「……こんなところに入るんですか?妖怪よりも、オバケが出そうですよ」
クロカは、キョトンとした顔で私を見つめる。
「ゆかりんって、オバケとか信じるの?」
妖怪にこんなことを聞かれるとは思ってなかった。
「妖怪もいるなら、オバケもいたって、おどろきませんよ」
「えぇ~、私、見つけたら逃げちゃうかも。数百年生きてきて一度も見たことないし」
いろいろツッコミどころあるけど、数百年って…?
「長生きなんですね?」
「人間と比べればね~。これでも妖怪の中では若いよ」
見た目は、クロカもシロハも高校生くらいに見えるし、本当に若い方なんだろう。
なんだか、めずらしく妖怪らしい話だ。
「心配しなくたって、オバケなんて出ないよ、ここに来るのは初めてじゃないしね」
クロカは私の手をにぎって、入り口の大きなアーチに進む。
「ゆかりんはこの場所、絶対気に入るって!はい、レッツごー!」
あやかしの山に来たときも、こんな感じだったなぁ……。
* * *
「いやぁ~、いつ来てもココはいいね~!」
クロカは中心部で大きく伸びをする。
たどりついたのは、家が一つ建てられそうな広い空間に、光る花がたくさん咲いた、幻想的な花畑だった。
「きれいですね……花が光るなんて、おとぎ話みたいです…!」
色とりどりに光る花は木々にとじこめられていて、真っ暗なこの場所を、ゆるく照らしている。
「家で描きたかったから、資料が欲しかったんだよね~。どの花にしよっかな~……そうだ!待ってる間、暇だろうし好きに描いてていいよ。画材も持ってきた!」
クロカは私に向かって、スケッチブックと鉛筆を投げる。
「用がすんだら言うから!それまでお好きにどうぞ~」
クロカは私に目もくれず、花探しに集中し始めた。
こちらとしても大好きな花まみれのところで、絵を描け、なんて言われたら描くしかないわけで。
紙に鉛筆を少し走らせたところで、クロカに話しかけられた。
「ねぇねぇ」
クロカの方に目を向けたが、こちらと目を合わせてしっかり話すつもりではなかったみたいで、花探しをしながら話しかけられていた。
私も絵を描くことに戻って、返事をする。
「なんですか?」
「ゆかりんは、将来の夢とかある?」
クロカの声を聞きながら、私は鉛筆の先で花びらの輪郭をなぞった。
「そりゃあ、絵を描く仕事をやってみたいとは思っていますけど、私、下手だからなれっこないっていうか、雲の上の存在みたいに思ってて」
「いや?ゆかりんは絵描きになれる素質あると思うけど」
「へ?」
私は予想外な言葉に、思わず面食らった。
「芸術っていうと、子供の落書きみたいなのまで評価されてて、よくわかんない!ってなるかもしれないけど、最終的には自分や見た人がどう感じるかの世界だからね。つまるところ絵描きに必要なのは―――自分の世界、かな」
クロカは付け足すように話す。
「だから、ゆかりんはもう絵描きになれるしね、そんなにハードルを高くしすぎなさんな」
私は少し間を置いてたずねる。
「……じゃあ、私は絵描きになれると思いますか?」
「なりたいと思いつづけたならなれるんじゃないかな」
反対に、クロカは食い気味に答えてきた。
「私は、まだ将来のことなんてよくわからないですけど」
鉛筆が止まる。線がブレて花の輪郭がゆがむ。
「ずっと、絵を描いていたいです」
上から描きなおすように何回も何回も線を引いて、キレイな花ができた。
「……うん。いいと思う」
クロカは少し言葉が詰まったように聞こえた。
何かあったのかな?
そう思ってふりかえると、そこにはいつも通りニコニコのクロカがいた。
「いい花見つかったよ~。もう帰る?」
絵は途中だけど、別にここじゃなくたって描ける。
「そうですね。シロハさんを待たせるのも悪いですし」
クロカは大股で先頭を歩いていた。
「……あの、質問いいですか?」
「なぁに?」
「クロカさんは、将来の夢とかあるんですか?」
クロカは少し目を見開いたけど、すぐまた、ニコニコ顔に戻った。
「う~ん……あやかしの山じゃ絵描きなんていないし、絵も売れないからなぁ」
「え?」
「あれ、おどろいた?妖怪は絵に興味がないからねぇ。私のアレもただの趣味。自分が夢をもつなんて考えたこともなかったや」
クロカは少しさびしそうに笑う。
「えっと、その……そうだ!シロハさんはクロカさんの絵、きっと気に入ってますよね!妖怪だって、絵の魅力を知ってくれればきっと売れますよ!」
家にかざってあった、たくさんの絵。
あの努力をただの趣味でかたづけるなんて、絶対にもったいない。
「妖怪は、人間よりもよゆうがなくてね。絵なんて、見る前にやぶかれて、おしまい。大丈夫だよ。私は描ければ、それだけで」
……あぁ、この人は嘘をついてる。
私にも、シロハさんにも。
自分自身にも。
私もそうだ、自分の大好きをとじこめた。
それをこじあけてくれたのが……師匠だから。
今度は私が師匠のやりたいことを、かなえる番だ。
「……そんなの、もったいなすぎます。もっとたくさんの人に見てもらうべきです」
クロカはびっくりしたようで、うろたえた。
「ゆ、ゆかりん?」
視線をそらしたクロカに対して、私は、しっかりと視線を合わせる。
「私の師匠がすっごい絵描きだって、バカな妖怪どもに知らしめてやりましょう」
私はクロカの手をギュっと力強く、両手でつつむ。
「……ハハッ!ホント、そういうところだよ」
クロカはふきだして、手をにぎりなおす。
「私が、人間を好きな理由」
クロカの翼が、小さく羽ばたいた。
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