第3話 ヒマワリの心

 クロカにつれられて、2階のアトリエまで来た。

「きったなぁ……」

 アトリエは、絵の具や筆がちらかっていて、足のふみ場がない。

「大丈夫、大丈夫!ほら!いつもはあそこで描いてるんだよ」

 ゴミやしきの中心に、ぽっかりと穴が空いたみたいな、キレイなスペースがひとつだけあった。

 無理やり道を作って、それでも無理ならゴミぶくろをふんで、やっとの思いで中心にたどりつく。

「はぁ、はぁ……」

「ハハッ!描く前から、つかれちゃってるじゃん」

 どっかのだれかさんが、かたづけないせいでねぇ…!

 思わず、クロカをじっとにらんだ。

「ごめんって。はい、このイスにすわって」

 そう言って、クロカは小さなイスをもってくる。

 言われた通りにすわると、クロカが真っ白なキャンバスを用意してくれた。

「これ、使って」

 そう言って、わたされた絵の具や筆はどれも高級品で、私でさえ聞いたことのあるブランド品だ。

「こ、これ、一体いくらなんですか?あやかしの山にも、こんなものが?」

 クロカは「あぁ」と、つぶやく。

「それ、ゆずりものなんだよね。というか、ここにある道具とかふくめて、家ごと同じ人からゆずられたものだから」

 家ごとゆずる…?しかも、妖怪の中でも、とびきり力がないであろうやつに?

「ゆかりん、今めっちゃ失礼なこと考えてるでしょ」

「はい」

「いいね、正直者は好きだよ」

 クロカは、フンッと口角をあげる。

「まぁまぁ、私の話なんてどうでもいいでしょ?とりあえず、好きなもの描いてよ」

 ……好きなものか。

 とりあえず筆を手にとる。


 好きなもの、って結構困るよね。

 お母さんに夕飯を聞かれたとき、なんでもいいって答えて怒られた理由が、なんとなくわかる気がする。

 花を描くのはいいとして、そうだな、今は夏だし、夏の花…夏の花……


 じゃあ、ヒマワリでも描こうかな。

 えーっと、ヒマワリは明るくて、キレイで―――


 ……孤独だ。


 他の花たちは、ならんでいる写真が思いうかぶけど、ヒマワリはなんだか独立した、ひとつの花っていうイメージがあるような。

 ヒマワリ畑でも、集まっているっていうよりかは、ひとつひとつに個性を感じるというか。

 じゃあ、強い花なのかな。

 道ばたに咲いている花と比べれば、大きいし。


 でも、ひまわりは枯れたとき、うんと下を向く。

 咲きほこっていたときの、気高さがウソみたいに。


 ヒマワリは、みんないっしょにいるみたいに見えるけど、本当はひとりぼっちだったんじゃないかな。

 いっしょにいるはずなのに。さびしくて、辛くて、苦しくて―――


 なんだか自分を見ているみたい。


 みんなと同じ教室にいるはずなのに、ひとりでずっと絵を描いて。

 もちろん好きでやってることだから、不満はない。

 ……でも、『変な絵』って言われたときは、すごくイヤだったな。

 クラスメイトなんて、普段はそんなに興味ないのだけど、自分を評価されると、とたんに怖くなる。

 自分の大好きなものを、ぜんぶ、否定されたみたいな。

 どんどん気もちが沈んで、現実に思考が戻ってきて、筆がピタリと止まる。


 手がふるえる。

 あぁ、やっぱりだめだった。

 描けない。

 自分の世界に入れない。

 自分の世界を信じられない。

 大好きが、こわれていく。


「おーい、筆を止めるな。とりあえず描きなさい」


 となりにいたクロカが、ふるえていた手をにぎってくれた。

「また、よけいなこと考えてるでしょ?あのときといっしょだ」

 ……最初に会ったときのこと、か。

「なに考えてるのかは知らないけど、ゆかりんのとなりにいるのは、スーパーでハイパーなクロカ様だ。ゆかりんの百倍は絵がうまいし、頭もいい」

 いきなり、なんの自慢話だろう。

「だから変に気負う必要はないし、絵ってそんなに苦しいものじゃなかっただろ?」

 クロカは一呼吸、間を置く。

「ゆかりんにしか描けない絵を描くんだ。それが1番楽しいし、1番ステキな絵になる」

 私にしか描けない絵……。

「そんなの、無理ですよ。ただの小学生に―――」

「無理なわけあるか。誰も誰かにはなれないんだから。自分の中にある心の声を、 ひっくり返して、空っぽになるまで、絵にさけべばいい」

 心の声を、絵にさけぶ。

「……わかりました。とりあえず、描いてみます」

「そっか」

 クロカは軽くほほえむと、1階におりていった。


* * *


「描けました」

 描き始めてから、かなり時間がたっただろうか。

 私は絵が完成したから、1階におりて、クロカを呼びにきていた。

「おっ!楽しみだなぁ。弟子の絵!」

「弟子って言っても、アンタまだ、なにも教えてないでしょ」

 シロハがクロカにツッコむ。

「いえ、いろいろ教えてもらいましたよ」

 私がシロハにそういうと、シロハは眉間にしわをよせた。

「……言わされてる?」

「本心ですよ。残念ながら」

「残念とはなんだぁ!!」

 クロカがぷんすか怒りながら、階段に近づいてくる。

「まったく、ツンデレな弟子をもっちゃったもんだよ」

 クロカは嬉しそうに、階段をかけあがる。

 後を追うように、私も階段をのぼった。

「……」

 アトリエにつくと、クロカはすでに私の絵を見つめていた。

 私の、1輪の青いヒマワリの絵を。

「……どうですか?」

 クロカはスーッと、絵を指でなぞる。

「いいね、想像以上」

 クロカは私の絵をもちあげる。

「どうして、ヒマワリを青くしたの?」

「……ヒマワリ畑は、たくさんのヒマワリにかこまれてるはずなのに、それぞれが独立してるように見えて、それは、気高さもあると思うんですが、ひとりぼっちみたいにも見えて―――」

 説明しているのが、はずかしくって、うつむいていた顔を、クロカと目が合うように思いきってあげる。

「さびしくて、辛いのがヒマワリの心なんじゃないかなって思って、それを私なりに、色にしてみました」

 めずらしく多弁になっちゃったかも。

「……はぁ。ほんっと、最近の人間の小学生は大人びているというか、なんというか」

 クロカはニヤリと笑った。

「うん、この絵、サイコーだね!」

「あ、ありがとう、ございます……」

 自分の描きたいものをほめられるのって、こんなにうれしいんだ。

 やっと、夢中になって絵を描けた。

「……って、あっ!!今、何時ですか!?」

「えーっと、5時くらい?」

 ヤバイ。

「私の家!門限6時なんです!はやく帰らないと!」

 私があわてて帰り支度をすると、クロカもつられてアワワ、と落ちつきがなくなっていた。

「まじか!おくってく!?」

「イヤですよ!あやかしの山ってあぶないんでしょう?シロハさんにたのみます」

 クロカはだいぶショックを受けたのか、その場でくずれ落ちる。

「シロハさん!元の場所に、帰してください!」

 大急ぎで1階に下がって、シロハの元へ行く。

「あ、あぁ、わかったわよ。また来るの?」

「明日来ます!」

「学校はどうしたのよ?」

「明日から、夏休みなんです!」

「な、夏休み……?」

 ピンときてないっぽいな、この人。

「学生は夏に、ながーい休みがあるんだよ」

 クロカはゆったりと階段をおりながら、シロハに言った。

「休みならいいけど……いや、本当はよくないのよ。クロカが文句を言うだろうから、しかたなく許してるだけなの。そもそも、人間をあやかしの山につれこむなんて―――」

「はいはい!そんなの、今に始まったことじゃないだろ?」

 シロハはあきれ顔で、クロカの方に視線をうつした。

「さっさと帰りましょ」

 シロハが私を玄関へとつれていく。

「また明日なー!」

 クロカは玄関で大きく手をふった。

「はい、明日も来ますよ」

 ここで、私は変わるんだ。

 大好きで、最高な絵を描きつづけるために。

 私は笑って手をふり返した。

 明日がまちどおしいのも、久しぶりだな。

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