第八話「探偵の告白」

 ――桃源学園から「転校」したはずの生徒は、誰一人として他所の学校へ転入していなかった。そればかりか、実家に帰ってさえいなかった。

 半ば分かっていたことだが、言葉にされると更に異常性が際立つ。衣吹は背中に冷たいものが走るのを感じた。

「もちろん、僕が調べられたのは『転校』した全員じゃない。でも、僕が入学してからの例は、全部追跡できた。彼女達は実質的に行方不明なんだ。けれど、御実家が大きく騒いでる様子はない。――これはまずい、と思ったね、うん」

「凄い。ひいおばあさんのお葬式にかこつけた里帰り中に、それだけのことを調べたの? 本当に探偵みたい」

「だから言ってるじゃないか。僕は名探偵だって」

「……はい?」

 「まだそのネタを引っ張るのか」と衣吹が怪訝な顔を見せると、輝はそれ以上の表情を返してきた。どうやら、かなりご立腹らしい。

「自分で言うのも何だけど、僕はいわゆる天才児でね。幼い頃から様々な難事件に首を突っ込んでは見事解決する――誰が呼んだか『天才子ども探偵ヒカリ』と言えば、界隈では知らぬ人はいない問題児だったのさ」

「……問題児なんだ」

 衣吹はなんとなく、日本一有名であろう子どもの姿をした名探偵の姿を思い浮かべた。そういえばあちらも、行く先々で殺人事件が起きていて、それをネタにされていたこともあった気がする。

「あはは、天才とは理解されないものさ。それでも、一部の大人は味方になってくれた。……残念ながら、家族や親戚からは白い目で見られたけどね」

 輝の少し寂しそうな笑顔に、衣吹は少しだけ彼女の本質を垣間見た気がした。

「ま、そんな親戚の中でも、いつも私の味方をしてくれたお姉さんがいてね。私より随分年上の、ハトコのお姉さんさ」

 「ハトコ」というのは、お互いの親がイトコ同士のことだったろうか。衣吹は余計な合いの手は入れず、先を促した。

「彼女はいつも『輝ちゃんは凄いね。きっと将来は沢山人を救うんだろうね』なんて、褒めてくれたもんさ……ま、年に一度会えるか会えないかくらいだったけど」

「遠くにでも住んでたの?」

「いんや? 彼女はね、この学園の出身なんだよ」

「ああ……」

 桃源学園では長期休暇や年末年始の時にさえ帰宅が許されないことが多い。きっと、輝の親戚のお姉さんも、お葬式や法事の際くらいしか帰ってこれなかったのだろう。

 ――しかし、桃源学園の出身者、ということが引っかかる。もしや彼女は。

「もしかしてさ、そのお姉さんも『転校』しちゃった……とか?」

 恐る恐る衣吹が尋ねると、輝は少しだけびっくりしたような表情を見せてから、静かに首を振った。

「いんや? 彼女はちゃんと卒業したよ」

「あ、そうなんだ。良かった……」

「――ところがね、実は全然良くはないんだ」

「えっ」

 突然、輝の声のトーンが変わる。先ほどまではいつもの飄々とした声音だったのに、今は気のせいか、猫を被っている時の彼女に近い。

「彼女が卒業して実家に帰ってきた数日後に、喜び勇んで会いに行ったのさ。『これからは頻繁に会える』ってさ。少し大人っぽくなった彼女は、僕の顔を見るなりそれはそれは喜んでくれたんだ。『大きくなったわね輝ちゃん』って。いつもと変わらない優しい笑顔でさ」

 輝が記憶を探るように天井を見つめる。もちろん、そこには何もない。ここ数週間で衣吹にとっても見慣れたものになった、古ぼけた天井が広がっているだけだ。

「それのどこが良くなかったのさ」

「普通はそう思うよね。僕の家族でさえ『良かったね輝』なんて言って、珍しく優しい言葉をかけてくれた。でもね、衣吹。……

「……はい~?」

 輝の言っている意味が全く分からず、衣吹は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。何かのとんちか、あるいは哲学的な問いか何かだろうか。

「分からないよね。言ってる僕だって訳が分からないんだもの」

「ええと……それは、言動は確かにお姉さんだったけど、顔が全くの別人だった、とか?」

「いや? 大人っぽくなってたけど確かにお姉さんその人だった。僕との思い出話にも齟齬はなかった」

「じゃあ、なんで別人?」

「うん。身体は確かに本人で、記憶も確かに本人だったんだ。でもね、人間には特有の仕草……癖みたいなものがある。それが全くの別人のものになっていたんだよ」

「え、よく分からん。仕草なんて変わるもんじゃないの?」

「普通はそう思うよね。実際、僕の周りの人達は誰もがそう思っていた。僕がそれとなく違和感を訴えても、他に気付いてくれる人はいなかったんだ」

「それじゃあ、輝の気のせいじゃないの?」

「チッチッチッ! 僕を誰だと思ってるんだ。名探偵だぞ。僕の観察力と直感が違和感を覚えたんだ――当たってないはずがないだろう?」

 ――言葉の意味はよく分からないが、とにかく凄い自信だった。


「そんな訳でね。僕はこの学園に疑問を持ったんだ。そして決意した。自ら乗り込んで、お姉さんを変えてしまった理由を探るんだって」

「な、なるほど……」

 やはり輝の言っていることはよく分からない――分からないが、一つだけ分かったこともある。彼女の目的は衣吹と似ている。いや、似ているどころかほぼ同じだ。

 行方知れずの姉を探す衣吹。

 お姉さんが別人のようになってしまった原因を探る輝。

 どちらも、大切な人の身に何が起こったのかを知りたくて、学園に潜入したわけだ。

「それで、輝は見付けたの? そのお姉さんが変わった理由とやらを」

「理由までは、まだ。でも、その一旦は既に見付けてるよ――『自習室』さ」

「自習室って、例の?」

「ああ。前に言っただろ? 自習室から帰ってきたら人が変わったようになるって」

「例えば、多歌子とか?」

「多歌子は……多分違うな。彼女は彼女のままで変わってた。彼女以外の何人かは、自習室に行く前と戻ってきた後ではまるで別人のようになっていたんだ――うちのお姉さんみたいに」

 輝が何人か具体的な名前を上げる。確か、衣吹達のクラスメイトだ。衣吹も話したことがあり、特に変わったところは見受けられなかったが、輝に言わせれば「昔とは別人」なのだという。

「例えるなら、同じ体と記憶を違う魂が操ってるみたいな感覚なんだ。としか思えない感じがあった」

「中身が入れ替わるって……何かのアニメじゃあるまいし」

「まあ、信じてくれなくてもいいさ。言ってる僕にだって、メカニズムが皆目見当付かないんだから。でも、きっと突き止めてみせる。お姉さんを元に戻してあげたいからね! ――さて、次は君の番だよ、衣吹」

「あ、あたし?」

「君も何か目的があってこの学園に入ったんだろ? 僕だけ目的を明かして君は無し、というのは流石につれないぞ」

「あ、あう……」

 参った。どうやら輝には全てお見通しだったらしい。

 確かに、ここで彼女に全てを打ち明けて協力体制を敷くのは悪くない。短い付き合いだが、輝が頼りになることはもう知っている。けれども。

(輝は良い奴だ。信用もしたい。でも、本当のことを話しているのか、確証が持てない)

 衣吹の直感は、未だに輝への評価を「保留」と告げている。どうにも底知れないというか、計り知れない何かが彼女にあると感じているのだ。

 だから、言いたくても言えない。全てを明かして、それが裏目になることは避けたかった。

 だが――。

「まあ、そうだよね。自分の手札を晒すのは怖いものさ。ここは陸の孤島、少女達の檻。万が一判断を誤って危機に陥っても、誰かに助けを求めることは出来ない……。うん、じゃあ衣吹は何も言わなくていい。じゃあ、今から僕の推測を話す。聞いてくれるかい?」

 ずいっと顔を近付け、真剣な眼差しで告げる輝。今までは黒縁メガネのせいでよく分からなかったが、彼女の顔はとても端正だ。少年と少女の両方の性を備えたような、中性的な美少女だった。

 不覚にも軽く頬を染めながら、衣吹は静かに頷いた。

「オッケー。じゃあ、推測その一。衣吹は身近な人の行方を捜している」

 ――いきなり大正解だった。平静を装ったが、少し表情に出てしまったかもしれない。

「推測その二。その人は、僕も知っている人だ」

 ――これも正解。よくあるバーナム効果のようにふんわりした言葉を使っている訳でもなく、的確に的に当ててきている感じだ。

「推測その三。その人は……衣吹の姉さんかな?」

「――っ!」

「あ、答えなくてもいいよ。大体分かったから。なるほどねぇ、ちょっと似てるとは思ったけど、まさかねぇ……」

 輝が独り言のように呟きながら、ウンウンと何度も頷く。一方の衣吹は、背中にびっしょりと汗をかいていた。ほぼ正確に衣吹の隠していることを言い当てられたのだ、無理もないだろう。

 「これは観念して、輝に全てを話すべきかもしれない」衣吹がそう決意し、口を開きかけた、その時。


 ――コンコンコン。


 自室のドアが控えめにノックされた。衣吹と輝の身体が思わずビクッとなる。

 足跡が全く聞こえなかったのだ。

「は、はい? どなたでしょうか?」

 慌てて余所行きの声を出し、扉の向こうの誰かに呼びかける衣吹。……しかし、返事はない。その代わりに、扉の下の隙間から何か白い物が差し込まれた――封筒だ。

 そっと拾い検めると、見知った白百合の描かれた封筒だった。生徒会のものだ。

「ふむ、どうやら生徒会長から衣吹へのラブレターみたいだね」

「変な言い方をしない。……またお茶会のお誘いみたい。次の日曜日だって」

 反射的にスマホを取り出そうとポケットを探ろうとした手を、すぐに引っ込める。なるほど、長年の習慣というものは中々抜けないらしい。

 仕方なく衣吹は、壁に貼られている学園から支給されたシンプルなカレンダーに目を向けた。次の日曜日は、四月二十七日だ。

「ついていってあげようか?」

「大丈夫。襲われそうになっても、確実にあたしの方が会長より強いから」

「ははっ、大した自信だね」

 そんなじゃれ合いのようなやり取りをして、その日の話は終わった。衣吹は結局、自分の目的を輝に明かすことが出来ぬままだ。

(まあ、急がなくてもいいか)

 ベッドに入ると、急激に眠気が襲ってきた。明日からはまた、何でもない学園の日々が始まるのだ。――ただし、多歌子の姿のない日々が。


 翌日、担任の教師から多歌子の「転校」が正式に告げられた。

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