第七話「帰らずの自習室」

 衣吹が体育倉庫に閉じ込められた一件があってから一週間、「自習室」行きになっていたクラスメイト達が帰っていた。

 しかし、その中に多歌子の姿はない。帰ってきた三人も、まるで多歌子など初めから居なかったかのように振る舞っている。

 一方で、クラスメイトの何人かは空席となった多歌子の席が気になるのか、チラチラと横目に見ては教師に叱られる、ということが何度か繰り返された。

 それでいて、多歌子がいないことについて教師からは何の説明もない。帰ってきた三人同様、藤伊多歌子などという生徒は初めから存在しなかったのだ、と言わんばかりの黙殺ぶりだ。

 教室は知らず、重苦しい空気に包まれるようになっていた――。


「ねぇ、一体どういうこと?」

「どういうこと、とは?」

「多歌子のこと。なんで先生達は、何にも言わないの?」

「ああ……」

 夜。自由時間になって自室へ戻ってから、衣吹は意を決して輝に問い質していた。他の生徒と違い、輝には戸惑った様子がないのだ。まるで、多歌子が姿を消すことが分かっていたような素振りだった。

「そっか、衣吹がこの学園に来てから、まだ一月も経ってないんだもんね。そりゃ、知らないか」

「知らないって、何を?」

「うん。この学園ではね、自習室行きになってそのまま戻ってこなかった生徒が、ごくまれにいるのさ」

「……えっ? 戻ってこないって、なにさ。怪談話じゃあるまいし」

 衣吹の脳裏に、昔観たホラー映画の記憶が蘇る。

 いわゆる「学校の怪談」をモチーフにした映画で、作中には「あるはずのない『地下への階段』を下りて行った小学生が、そのまま行方不明になってしまった」というエピソードがあった。

 その小学生は結局最後まで見付からず、居心地の悪い気分のまま映画は終わってしまった。

「あはは、もちろん『自習室に飲み込まれた』とか、そういうことを言ってるんじゃないよ。彼女達はね、『転校』したのさ」

「転校……?」

 まただ。また「転校」という言葉だ。行方不明になっているはずの姉の真理も、学園の人々は「転校した」と言い張っている。以前から違和感を覚えていたが、この学園における「転校」は世間一般における意味と異なるのではないか? 衣吹の中の疑念はより大きくなった。

「じゃあ、多歌子もその……転校したって言うの? なんで、こんな突然」

「突然って訳じゃないさ。多歌子はね、まあ……あの通りの性格だ。だからね、今までもちょっと、反りが合わない子をね……こう」

「いじめ?」

「はっきり言うねぇ。うん、まあそうだね。多歌子は何人ものクラスメイトや後輩をいじめていたのさ。それも、今回みたいな雑なやり方じゃなくて、もっと巧妙にね」

 苦笑いを浮かべながら語る輝。けれども、その目は全く笑っていない。

「それに耐えかねてね、僕が知っているだけでも二人ほど『転校』している。学園にいることが耐えられなくなって、逃げちゃったんだね」

「二人も……? その、学園側は何もしなかったの?」

「今言った通り、以前の多歌子はもっと頭を使ったネチネチしたいじめをしていたからね。学園側も疑ってはいたけれど、確たる証拠を掴めずにいたのさ――そこに来て、今回の衣吹の件だ。学園側もついに重い腰を上げた。数え役満ってやつだね」

「かぞえ……何?」

「おや、衣吹は麻雀はやらないのかい?」

「ルールも知らない」

「そうかそうか。それは人生をほんの少しだけ損しているね。機会があれば僕が教えるよ」

 輝が不思議な手の動きを見せる。どうやら、麻雀特有の動作らしいが、衣吹にはそれさえ通じなかった。

「……っと、話がずれたね。ようは、多歌子はやり過ぎたってことさ。少しくらいのオイタならお目こぼしもあるんだろうけど、彼女の場合、重ねた罪が重すぎた――恐らく、『転校』することになるだろうね」

「転校……ね。この学園を出て、今更どこかへ行けるのかな」

「……どういう意味だい?」

「え? あ、ほら、ここってとっても特殊じゃない? だから、他所の学校に今更馴染めるのかなって」

 我知らずこぼしてしまった言葉を、慌てて取り繕う。衣吹は、この学園での「転校」が言葉通りの意味ではないかもしれないと知っているが、輝は知る由もないのだ。余計な不安を与えたくはなかった。

 だが――。

「……ああ、そうか。衣吹は気付いているんだね、この学校における『転校』という言葉が、文字通りの意味じゃないってことに」

「そ、それは……」

「いいよいいよ、隠さなくて。――もしかしてだけどさ、衣吹の知り合いの誰かが、『転校』と称してこの学園から姿を消した……とか?」

「っ――」

 ずばりを言い当てられて、思わず衣吹の息が止まる。この輝という新しい友人は、ここまで勘が良かったのか、と。

「その反応は、ビンゴかな? ああ、安心していいよ。言いふらしたりはしないから。――何せ、僕も似たようなクチだしね」

「えっ?」

 輝はにんまりと笑うと衣吹から視線を外し、窓際へと歩いて行った。まだ月は昇っておらず、外には墨汁のような闇ばかりが広がっている。

 薄っすらと窓ガラスに映る輝の表情は、苦笑しているようにも泣いているようにも見えた。

「衣吹、僕はね。ずっとこの学園に疑念を持っているのさ。ずっと、ずぅっとね」

 輝が振り返る。そこにあるのは、いつもの掴みどころのない表情だけだ。

「昨年のことさ。曾祖母が大往生してね……帰郷が許された。で、その時にね、色々調べたんだ」

「色々って、何を?」

「うん。伝手を使って、。どうだったと思う?」

 ニヤリ、と輝がどこか艶っぽい表情を浮かべる。その顔はいつもよりもどこか大人びていて、衣吹は不覚にもドキッとさせられてしまった。

「一人もね、いなかったのさ。その後の足跡が分かった人は、さ。どこかの学校に転入なんてしてないし、実家にすら帰っていなかったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る