幼馴染に渡すガチガチの本命チョコ
mikanboy
第1話
普段仲が良いからこそ、伝えられない気持ちがある。
今の関係が壊れるぐらいなら、そんな気持ちはずっと隠しておいた方がいい。
……そう思っていたはずなのに、どうして私はこんなガチガチの手作り本命チョコなんか用意してしまったのだろう。
――2月14日、バレンタインデー。
クラスの女の子たちはチョコやお菓子を持ち寄り、友達同士で交換し合っている。
そしてそれは私の幼馴染である
麻衣は女の子から見てもとても可愛くて、私なんかより全然友達も多い。
だからバレンタインの日は、いつもパンパンになった手提げ袋を持って学校にやってくる。
「麻衣ちゃん、チョコどうぞ~!」
「ありがとう~! じゃあお返しに私のチョコもあげる~!」
麻衣は手提げ袋からピンク色のリボンで包装されたチョコを取り出し、相手に渡した。
「このチョコ、麻衣ちゃんの手作り? かわいい~!」
「でしょ~? 今回のは自信作なんだ~!」
中には丸いトリュフチョコが3つ入っている。そのトリュフの上にはさらに小さいハート型のホワイトチョコが乗っており、とても可愛らしい見た目に仕上がっている。
「ん~美味しい~! 麻衣ちゃんこれ、お店で出せるレベルだよ!」
「え~本当~? 嬉しい~!」
「麻衣ちゃん、私のクッキーとも交換しよ!」
「あ、私も私も~!」
「うん、もちろん~!」
お菓子作りが趣味なだけあって、麻衣の作るお菓子は見た目だけじゃなく、味も世界一美味しい。
そんな麻衣のチョコを周りが放っておくわけがない。
気が付けば、麻衣の周りにはたくさんの女の子が集まっていた。
(も~! 麻衣の女たらし~! いつもは「
教室の教壇付近で楽しそうに笑う麻衣を、私は遠くの方の席から眺め、ただ嫉妬することしかできなかった。
それもそのはず、今日私が麻衣のために持ってきたのは、手作りのハート型の生チョコレート。
しかも材料を全部麻衣のためだけに使ったから、とびきり大きいやつになってしまった。
他の友達には、適当にファミリーパックのお菓子やチョコを詰め合わせたものを渡しているのに、麻衣にだけこんなものを渡したら、私の気持ちがバレてしまう。
(はぁ……どうして今年に限って手作りチョコなんか……。去年まではこんなことしなかったのに)
これも全部麻衣のせいだ。
高校生になってより一層可愛くなったせいで、私の好きだって気持ちが抑えられなくなっている。
(はぁ……どうしよう。このチョコ、本当に渡すべきなのかな……)
他の友達と同様に、この既製品の詰め合わせを渡すという選択肢もある。
しかし、もし麻衣のことが好きな人がいて、その人に先を越されでもしたら……。
(うぅっ……! それだけは絶対にいや~! でも、麻衣に手作りチョコを渡す勇気なんて出ないし……)
私は教室の隅っこで、そんな葛藤を永遠と続けていた……。
――キーンコーンカーンコーン……。
結局、決心がつかないまま放課後になってしまった。
麻衣は既に帰り支度を始めている。
思えば、今日は一度も麻衣と話せていない。
(と、とりあえず麻衣と一緒に帰る約束をして……どっちを渡すかはまた考えよう……)
私は素早く荷物をまとめて、いつもの感じを装いながら麻衣に話しかける。
「麻衣、一緒に帰ろ」
「あ、夏帆ちゃん……むっ!」
麻衣は私の顔を見るやいなや、頬を膨らませてじっと睨みつけてきた。
リスみたいですごく可愛い。
「……その前に夏帆ちゃん、私に何か言う事があるんじゃない?」
「え……?」
「私まだ、夏帆ちゃんからチョコ貰ってないよ~!」
「あっ、それは……」
しかし可愛さに浸っている場合ではなかった。
本命と義理、どちらのチョコを渡すのか、決断を迫られてしまった。
(本当はこの本命チョコを渡したいけど……!)
私は無意識に本命チョコが入った鞄の方へと目を向けていた。
「あっ、もしかしてその鞄の中に入ってるの?」
「うっ……!」
そうこう迷っているうちに、先に麻衣に感づかれてしまった。
「ま、まぁね……」
「わ~い! やっぱりあったんだ! じゃあ私のチョコと交換しよ~!」
「う、うん……」
もうこうなったら、腹を括るしかない。
私は1つだけ目立つように包装されたハート型の本命チョコを取り出し、麻衣に手渡した。
「……あれ、夏帆ちゃん今年は手作りなんだ~! めっちゃ可愛い~!」
「あはは……で、でしょ~?」
(バレませんように! バレませんように! バレませんように!)
「……でも、どうして私のだけ? 他の人にはいつもの既製品渡してたよね?」
(ば、バレてる~~!!)
心臓がバクバク鳴り始める。
自分でも分かるくらい顔が熱く燃え上がるのを感じる。
まともに麻衣の顔が見れる気がしない。
「そ、それは……その……」
「ね~どうして~?」
麻衣は私の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
本当は私の気持ちに気付いてるんじゃないだろうか。
(あ~もう~! どうなっても知らないんだからねっ!)
私はその場の勢いに任せて、自分の素直な気持ちを伝えることにした。
「そ、それはっ! 麻衣が……! と、特別な存在だからだよ……」
……ずいぶん右肩下がりの勢いだったが。
「え、嬉しい~! 実は私も夏帆ちゃんのために、ハートのチョコ作って来たんだ~!」
「えっ……?」
そう言うと麻衣は、自分の鞄から赤いリボンで包装されたチョコを取り出した。
中にはハート型のトリュフチョコが5つも入っている。
「ハートのチョコ、お揃いだね!」
「だ、だね……!」
まさか私のために、他の人とは違うチョコを用意してくれるなんて思ってもいなかった。
麻衣も去年まではこんなことしなかったから。
「そうだ! せっかくだし、私と夏帆ちゃんのチョコ食べさせ合いっこしようよ!」
「えぇっ!? 周りに人もいるのに、恥ずかしくない……?」
「え~? 別に全然大丈夫だよ? 私達幼馴染なんだし!」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
「――はい、じゃあ口開けて……あ~ん」
「ちょっ! ん、んむっ!」
有無を言わさず、麻衣は私の口にチョコを無理矢理ねじ込んできた。
「もぐもぐ……ん~美味しい~!」
噛んだ瞬間、とろけるような甘味が口の中いっぱいに広がった。
やっぱり麻衣の作るチョコは世界一美味しいと、改めて思った。
「はい、じゃあ次は私の番ね! あ~ん……」
目の前で大きく口を開ける麻衣。
その口に私が作った大きな生チョコを持っていく。
一口では食べきれないほどの大きさだ。
「あ~むっ! もぐもぐ……ん~美味しい~!」
麻衣は幸せそうな顔を浮かべながら、私のチョコを食べてくれた。
「あははっ、麻衣、私と同じこと言ってる」
「うん~! だって夏帆ちゃんのチョコ、すごく美味しいんだも~ん!」
「いやいや、普通ぐらいでしょ」
「そんなことないよ、夏帆ちゃんも食べてみてよ!」
「えっ……?」
そう言うと麻衣は、私に食べかけのチョコを差し出した。
(こ、これって間接……)
「夏帆ちゃん、間接キスなんて気にするタイプだっけ?」
「えっ!? い、いや、そんな訳ないじゃん! 麻衣は幼馴染なんだし!」
「じゃあ早く食べてみてよ! 本当に美味しいから!」
「う、うん……」
そうだ、別にこういうのは初めてじゃない。
気にする方がかえって怪しまれてしまう。
「じゃ、じゃあ……一口もらうね」
私は覚悟を決めて、麻衣が食べた部分の上から私の口を重ねた。
「……あ、美味しい」
我ながらよくできていると思った。
「夏帆ちゃんの気持ちがこもった、すっごく美味しいチョコだったよ~!」
「そ、そう……? ありがと」
最初はどうなるかと思ったが、奇跡的に麻衣も同じハート型のチョコを持ってきてくれたおかげで、なんとか乗り切ることができた。
「……あれ? でもどうして麻衣は私のために、他の人とは違うチョコを……?」
咄嗟に浮かんだ疑問が、独り言のように口から出ていってしまった。
「えっ……? そ、それは……」
麻衣の方を見ると、少し目が泳いでいるように見えた。
(あれ? 思っていた反応と違う……?)
麻衣なら「幼馴染だから~」とか、それらしい理由を言ってくるかと思っていた。
だから麻衣がこんなに動揺するのは、正直意外だった。
「ねぇ、どうして……?」
私は麻衣の気持ちを確かめるように、もう一度問いかけた。
「それは……多分、夏帆ちゃんと同じ気持ちだからだよ」
「えっ……? 私と同じ気持ちってどういう……?」
「もうっ、夏帆ちゃんのイジワル~! そんなのわざわざ聞かなくても分かってよ!」
「――あっ、ちょっと麻衣!」
そう言うと麻衣は、自分の荷物と私のチョコを持って、教室の外へと飛び出した。
その横顔は少し赤くなっているような気がした。
(も、もしかして麻衣も私のこと……!)
ただの思い上がりかもしれない。
……それでも、私が麻衣の背中を追いかけるのには十分すぎる理由だった。
幼馴染に渡すガチガチの本命チョコ mikanboy @mikanboy
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