世界の声

海湖水

世界の声

 学校に向かう道、今日も周りから声が聞こえる。


 「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて」

 「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」


 私はそんな声が聞こえないよう耳を塞ぎながら、駆け抜けていく。耳を塞いでも、声は消えないが、いくらか聞こえないように感じるから、強めに耳の上に手を押し付けた。

 私はこの声を幽霊の声だと思っている。聞こえてくる言葉の内容が、なんと言うか、ネガティブなものが多いからだ。

 でも、私は声は聞こえるが、姿を見ることはできない。


 昔、このことを友達に相談したことがあった。その友達は、今では遠くに引っ越してしまったが、いい友達だったことを覚えている。彼女は、姿が見えない方に関して、いる次元が違うのかも、と言っていた。私たちがいる世界からは、自分たちよりも上の次元を観測することができない。でも私はそんな世界の「音」だけを認識することができるのではないか、ということだった。

 それが正しいのかは私にはわからない。

 でも、最近は慣れ始めた。

 耳を塞いで、言葉を頭に入れないようにして駆け抜ける。言葉の意味を理解しないようにする。向こうはまるで何かを訴えてくるようだが、その言葉に反応してはいけない。そんな気がしたからだ。


 「なンっデェ無視スルのぉ!!!!!」


 後ろから突然、叫び声が聞こえた。ところどころ呂律が回っていないような、喉が捻り切れているような雑音の混ざった声。今までの声とは違う。今までの声は、私に話しかけているような声ではなかった。でも、この声は私に向けて放たれている。

 私は思わず後ろを振り返ってしまった。

 後ろには、もちろん何もいない。


 「見エテるるルっルのニナッんデ!!!」


 でも、声は聞こえた。

 聞こえてくる声は、明らかに興奮しているようだった。声だけでも、怒気が伝わってくる。

 少しずつ、大きくなる声、その声が何を言っているか、私にはわからなかった。

 私はバランスを崩しながらではあるものの、学校とは反対方向へと駆け出した。後ろからは何かを引きずる音が私を追いかけるように近づいていた。

 昔、一度だけ似たようなことがあった。その時と同じ方法を使おう。私は目に涙を浮かべながらそう思った。

 私は近くの山にある神社へと必死に走った。向こうの移動速度は私と同じくらいなのか、離すこともできないが追い付かれることもなかった。

 山の上の神社へと向かうために石の階段を必死に這うように登っていく。何度か躓き、石畳に足をぶつけた。足から血が流れるも、それを無視して登り続ける。


 「あれ?なんでここにいるんですか?」


 石階段の上。そこに1人の男の人が立っていた。

 

 「助けてっ」

 「え?」


 私がそう言うと同時に、後ろから石階段を転げ落ちるような音が聞こえた。

 目の前に立っている男、この神社の神主は、私を見て目を閉じたり開いたりしていた。



 「はー、そんなことがあったんですね。あ、学校には連絡しておきましたよ。体調不良と言っておきました」

 「ありがとうございます。先ほどは助かりました」

 「いえいえ、私は何もしていませんよ。確かに昔、先代の神主から『お前には神に近い何かが憑いている』なんてことは言われましたが、私自身にはそんな力はありませんから。あなたは昔も似たようなことがありましたね。覚えていますよ、あの時は驚きましたが」


 この神社の神主には、簡単に言うと神様っぽい何かが憑いている。私の認識としては神様ではない、また何か別の歪なものだが、そこら辺の襲ってくる奴らよりはマシであり、助けてほしいと言えば助けてくれる。

 というより、この神もどきは神主に近づく危険なものを排除しようとするのかもしれない。まあ、どちらにせよ、利用させてもらう以外の手はないのだが。


 「危なくなったらまた来なさい」

 「ありがとうございます」


 私はそう言って、神社を出た。あの声はもうしなくなっていた。いつも通りの、ブツブツと何かを訴えてくるような、でも私には話しかけていない、そんな声。

 今日も世界の声が五月蝿い。

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