第4話 使えないのはスキルじゃ無い
僕が放った矢は白銀の太ももを裂いた。
痛みによって隙の生まれた彼女を庇う紅月も刃を受け血を流している。
全ては僕のミスだ。
もっと連携が上手ければ、もっと僕の技術が高ければ。
きっとここまで苦戦していない。白銀や紅月が怪我をする事すら無かった。
僕は無力だ。
ユニークスキルを持っているにも関わらず、他とは違う何かを持っているにも関わらず。
家族からは必要とされておらず、生きている理由や意味すら分からなかった日々。
何かが変わるかもしれない。白銀達に必要とされる存在になれるかもしれない。
そう思った。
だが、現実はこれだ。
怖くて、手が震える。
何も聞こえない、考えが上手くまとまらない。
僕は何も変わっていない。
変われる⋯⋯はずないんだ。
「ギシャ!」
深い緑色の肌をしたエルダーゴブリンが僕の目の前に狂気を孕んだ笑みを浮かべ迫っていた。
後1秒もすれば手に持つナイフで僕は切り裂かれるだろう。
数秒は生きているかもしれないが⋯⋯死ぬ。
死にたくない⋯⋯だけど生きる理由も無い。
抗う気力すら⋯⋯僕には無い。
ただ、身を流れに任せれば楽なのでは無いか?
「えええええい!」
鈍い打突音が僕の鼓膜を貫いた。
我に返る僕。
音の正体はすぐに分かる。
深川が魔法を使うための杖でゴブリンをぶん殴っていたのだ。
「死にたいんかお前は!」
「⋯⋯ぇ、や」
「舐めとんのか! ダンジョンや! 怪我の一つ二つするし攻撃も受ける! それが現実!」
僕の考えは甘かった。
心のどこかでゲームをしている感覚になっていたのかもしれない。
「そら私だって自分の魔法で仲間傷つけたら絶望するさ! だけど凹むな! 下を見るな!」
深川が感情的に叫ぶ。
彼女の眼光は威厳のある獣のようだ。
衝撃的な光景に僕はただ、息を飲んだ。
「敵は前にしかいない。自分に出来る事を考えろ。敵に勝つ事だけ考えろ。最後まで全力を出せ! それで全滅したんならそれまでだ!」
深川が僕の頭を杖で軽く叩く。
「お前は死にたいのか?」
ゴブリンの方を警戒しながら、問いを投げて来る。
「⋯⋯僕は⋯⋯死にたくない」
当然だ。
死にたいと思う人の方が珍しい。
「だったら意地汚くでも生きろ⋯⋯生きた者が勝者だ」
「うん。ありがとう。深川さん」
「⋯⋯ん」
何故かキッと睨まれた後、戦闘体勢に入る。
僕の背中にバシッと平手が入る。痛い。
「包帯は巻いた。足は動く。だから気にすんな。私はまだ戦える。戦うんだ。黎弥、私はお前を恨んでも怒っても無い。だから、自信は無くすなよ」
「ああ。ありがとう」
紅月が皆の前に立ち、切っ先をゴブリンに向ける。
「俺は剣士だ。敵との斬り合いは互いに攻撃を受ける。全てを回避するだの一撃で叩き伏せるとか全く出来ねぇ。だから時には、ダメージを覚悟するもんだ。俺達はお前が知らないだけでこんな経験を何回もしている⋯⋯最初の時と比べればな、後衛が増えた安心感があって、絶望には程遠い。だから敵を見ろ、的を見ろ、他は考える事も見る必要もねぇ。狙撃手に伝えるリーダー命令だ」
「⋯⋯はい!」
僕は弓を構える。
しかし、このままではジリ貧だろう。
ゴブリンは呆然としていた俺を狙って来た。
それだけ殺す相手選びは得意なのだ。
俺は考える。
何か、脱却する方法は無いかと。
俺のユニークスキル『死霊術』は死霊を召喚出来る。その力がある。
だが、ゾンビやスケルトンじゃ肉壁にしかならない。最悪相手に恩恵を与える可能性もある。
スキル名から何か無いかと考える。
死霊を操る
術⋯⋯方法、手段、てだて。
「⋯⋯方法⋯⋯手段」
死霊とはスケルトンやゾンビ⋯⋯操る⋯⋯だけなのか?
「⋯⋯だったら」
舞い降りる天啓。
その頃には、痛みでバランスを崩した白銀にナイフが向かっていた。
位置関係的に紅月が一番近いが⋯⋯彼の速度では間に合わない。
白銀クラスのスピードがいる。
どうやったら出せる?
「⋯⋯間に合う」
僕は加速する。
それはアーチャーの出せる速度を逸脱しているだろう。
だってそうだろう。
目の前で振り下ろされたナイフが白銀を攻撃する前に、防げれたのだから。
距離を一瞬にして詰めた⋯⋯その上で腕でナイフの攻撃を防いだ。
カキン⋯⋯金属が弾ける音がする。
同時にボキッと骨の砕ける音がする。
「黎弥?」
「アーチャーらしくないけど、守れた」
「ギシャ?」
「どう、なってやがる」
「⋯⋯何?」
僕の腕と足は⋯⋯骨に覆われていた。
まるで身を守る鎧のように、僕は骨を外側に装備しているのだ。
装備⋯⋯と言うよりも強化状態の具現化に近いだろうか。
「死霊術は死霊の力を扱う事が出来る⋯⋯そう思った時に出来るって感じたんだ」
ご都合的な直感的解釈。
理論的にどうして出来るかなんて、ダンジョンの中で説明出来る訳無いだろう。
出来るから、出来たんだ。
「黎弥、私にも!」
「うん!」
白銀はすぐさま状況を整理し、僕に一言そう言った。
僕は白銀の足にスケルトンの力を付与する。
「こりゃあ軽い」
スケルトンの特徴は『速度』だ。
怪我をする前よりも速い白銀のスピードにゴブリンは顔を振り回す。
いつ来るかも分からない斬撃に身を削られる。
「お、俺にも!」
「紅月さんには⋯⋯腕にゾンビ!」
「おお! なんかグロいが力が強い気がするぜ! 後その名前やめろな!」
紅月がゴブリンに接近し、力強く剣を振り下ろす。
ブォン、空気を揺らす音が僕の耳に届く程力が強かった。
力に引っ張られ体勢を崩した紅月、そのタイミングを見逃さないゴブリン。
攻撃すると分かっていた僕と深川は同時に矢と魔法を放った。
白銀がゴブリンのふくらはぎを浅く斬って動きを鈍らせ、矢も魔法も命中させる。
「私には?」
「え? 深川さんは魔法だし⋯⋯特に無い⋯⋯かな?」
「そう。⋯⋯あと名前」
キッと睨まれた。
さっき睨まれた理由はこれか。
「今この状況で必要な事ですかね?」
「絆は連携にも繋がるよ」
僕は深川に合わせてゴブリンの方を見る。
形勢は既に逆転している。
力が上がった事により、剣圧と剣速共に上がった紅月の攻撃はより優先的に回避しなくてはならない。
だが、回避が極限に難しい敏捷性の高い白銀の斬撃によって体力も生命力も削られて行く。
ゴブリンの顔に苦悶の表情が浮かぶ。
「ギシャ!」
最期の抵抗と言わんばかりに、僕に向かって走って来る。
形勢逆転のきっかけとなった僕を道連れにしたいのだろう。
「やだね」
この力を自覚した今なら、もっと色んな事が出来る。
僕を拾ってくれた皆に恩返しが出来る。
だから僕は死なない。死にたくないんだ。
「せい!」
僕はスケルトンの俊敏性を生かした跳躍でゴブリンの頭上を取り、真上から矢を放った。
重力の力を借りた矢は高速で飛来しゴブリンの脳天を貫いた。
数々の斬撃、そして魔法の攻撃。
トドメの脳天への矢の攻撃。
ゴブリンは命の限界に達し、その身を粒子へと変えて行く。
熟練級、エルダーゴブリン⋯⋯討伐完了だ。
付与した力は一時的だったのか、時間が経てば自然と消えてしまった。
勝利により緊張が緩み、僕はその場でふにゃっと腰を下ろした。
「勝った⋯⋯のかな」
「ああ! 大勝利だ!」
肩に腕を回し、ガっと紅月に引っ張られる。
「うん。勝ち」
深川さんが僕の隣で腰を下ろす。
「やったね」
背中を軽く叩く白銀。僕は彼女の方を向いた。
綺麗な太ももに乱雑に巻かれた赤に染まった包帯。
「気にすんなって。こんなのポーションかけとけばちゃんと綺麗に治るんだからさ。勝利の祝いと行きましょうや!」
「そうだな。今日は帰るか!」
紅月の言葉に皆が賛成し、僕達は帰還した。
係の人にステータスカードを返却し、報酬の受け取りにギルドへ向かう。
歩いて向かえばギルドの方にカードは戻っているはずだ。
受付に行き紅月がアプリの特定の画面を提示すれば、今回の報酬が支払われる。
かなりの数ゴブリンは倒したが、前衛がトドメをさす機会が多く、僕と深川の報酬は少ない。
「うっし。いつも通り銭湯⋯⋯と行きたいが腹減ったから何か食いたいな」
「⋯⋯あの」
「お?」
僕はエルダーゴブリンの討伐報酬である1000円を差し出す。
あんなに苦戦したのに、熟練級の討伐報酬は1000円だ。
「これ、僕に受け取る資格は無い」
トドメを刺したのは僕だから報酬は僕が受け取った事になる。
だが、今回の戦い白銀のダメージは僕が与えたモノになる。
紅月の最初の被ダメも僕のせいだ。
このお金を受け取る資格は⋯⋯僕に無い。
僕のミスが無ければ、もっと楽に勝てた。今白銀の足に巻かれている包帯は存在しなかった。
1000円で精算出来るとは思っていないが、これは気持ちだ。
「黎弥は自分のミスの反省として、その金を俺に出してるんだな?」
「うん」
「そうか。俺達は問題ないと言っているのに?」
「それじゃあ、僕の気が収まらないんだ」
あの時の恐怖、不安、絶望⋯⋯今でも胸の中を渦巻いている。
「そうか。それじゃ、敵のヘイトと不意打ちを失敗した翼妃も出さないとな」
「え?」
「も〜仕方ないな。黎弥がそんなにも反省会がしたいなら、私も渋々身を削ろうでは無いか」
白銀が財布を取り出した。
「え、いや、そんなつもりは」
「私も後衛の先輩としてしっかりタイミングを教えてあげられていれば結果は変わった。私の怠慢、そして魔法士としての弱さ。申し訳ない」
深川が財布を出す。
「んで、その全ての責任は全体指揮が疎かだったリーダーの俺の責任だ」
紅月が自分の財布を取り出す。
「良いか黎弥」
紅月が真っ直ぐ僕を見つめて来る。
「チーム1人のミスは皆のミスだ。一蓮托生、誰かがミスした時は他の誰かもミスしている。自分だけ、自分のせい、なんて的外れの後悔なんて捨ててしまえ。今回は反省会と行こうぜ。焼肉だ!」
「うぇええ? 私はしゃぶしゃぶが良い!」
「私も」
「え?」
僕は⋯⋯ゆっくりとポッケにしまった全財産を取り出す。
1人がミスした時は他の誰かもミスしている。
だからチーム全員のミス。
その言葉に⋯⋯救われた気がした。
「黎弥はどっち派だ? 焼肉? しゃぶしゃぶ?」
懇願するような紅月の瞳。
僕は無意識に、そして自然に微笑みながら答える。
「しゃぶしゃぶ派」
3人の目が大きく見開かれた。
だが、次の瞬間には笑みに変わった。
紅月はその後にガックリとした悲しみに満ちた表情となった。
「今日は割り勘のしゃぶしゃぶだあああ! ちくしょう!」
「「いえーい」」
「うん」
僕はこの時、人生で1番楽しい時間だと感じていた。
こんなに満たされた時間は⋯⋯人生初だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます