忘れ物

星空 花菜女

忘れ物

「行ってきま~す!」

明るい声と共に玄関から飛び出してきたのは、赤いランドセルをしょった女の子。

その女の子は、歩道を歩くスーツ姿の私の横を、笑顔で通り過ぎた。

(ランドセルかぁ~懐かしいなぁ……)ふと子供の頃の自分を思い出した。



 私は、小学校まで田舎の漁師町で生まれ育った。学校へ行く途中に小さな漁港がある。いつも何艘かの漁船が止まっていて、そこで働くおじさんやおばさんたちは

1年中、顔や腕が真っ黒に日焼けをしていたのを覚えている。小さな町なのでみんな知り合いで、毎朝挨拶をしてから学校へ行くのが日課だった。


「おぅ!実花(みか)ちゃん!おはよう!」


「おじさん、おはようございます」


「実花ちゃんは、ちゃんと宿題やったのか?うちの隼人(はやと)は、朝起きて『やべぇ~宿題忘れてた』って大慌てでやってたよ」とガハハと豪快な声で笑いながら言った。


「宿題?あったかな?……なかったと思うけど。今日は卒業式の練習だけだし」と同級生の隼人が勘違いしたのかな?


「そうなんだぁ、じゃああのバカ、なんか勘違いしたんだな」と、ニヤリとした隼人のお父さん。


「あら?実花ちゃん、まだいたの?はやく行かないと遅刻しちゃうよ」とおばさんに言われて、漁港にある大きな時計をみると8時28分。


「うわぁ、もうこんな時間!?行ってきま~す!」と全力で学校まで走った。

みんなが「転ぶなよ」とか「実花ちゃん、毎日走って学校に行ってるね」とニコニコしながらみんなが、私を見守っててくれた。


 私は小学校6年生。明日は卒業式。中学校は、少し離れた都会の町の学校へ行く。

お父さんの仕事の転勤で、4月に家族で引っ越すので、この漁港を通るのは、明日が最後。


 生まれてから毎日見ていた海。当たり前すぎて考えたことがなかったけど

青くて綺麗で、打ち寄せる波の音は、朝も、昼も、寝るときも聞こえてて

穏やかな波の音、荒々しい激しい波の音、毎日違う波の音。


 そして、夏は波の音と子供たちの楽し気な声。海で遊んだ楽しい思い出。

男の子は海に潜って小さなモリで魚を突いて、女の子は岩場の隙間に手を入れて

貝やウニをとって、みんなで食べた。そういえば去年の夏、隼人が大きなタコを見つけたけど、逃げられたと凄く悔しがっていたことを思い出した。


 冬は、漁がないので漁港は人影がまばらで静かになる。明るく元気な漁師のおじさん、おばさんたちは、近くの倉庫の中で漁で使う網を編んだり、修理をしている。

この前学校帰りに、倉庫の窓から中を覗くと、数人のおばさんたちが大きな網の修理をしていた。


「おかえり実花ちゃん。ちゃんと勉強してきたか?」と私に気が付いたおばさんが声をかけてくれた。


「うん。居眠りしないで勉強してきたよ」


「えらい。えらい。さすが実花ちゃん」


「えへへ」と照れ笑いをした。


「そういえば、実花ちゃんは手芸が得意なんだって?この前きた昌子(まさこ)ちゃんが、『実花ちゃんに作ってもらったんだ』ってめんこいウサギっこ、カバンにぶらさげてたから」


「あ。うん。手芸部で作ったマスコット、みんなにあげてるの」


 そう言ってカバンの中から自分の裁縫道具をだして、今作りかけの赤いフェルトのマスコットをみせて笑った。


「あれま、ほんとに上手だね~。手先が器用だから、ちょこっと網の修理手伝って、も、・ら・お・う・か・な?」といたずらっぽく笑った。


「いいよ!お手伝いする。いつも帰りに見てて、1回網を編んでみたかったの」と目をキラキラさせて言った。

おばさんにやり方を教わり、竹で作った網針(あばり)に糸を巻いて、ひと網編むごとにできる網目が楽しくて、日が暮れるまで夢中で編んだ。


「実花ちゃん、上手だ。網づくりの才能あるな。でもそろそろ家に帰る時間だな~」とおばさんが背後から笑顔で覗いて、私の両肩に優しく手をのせた。

その手は今でもはっきりと覚えている。大きくて分厚くて真っ黒で、とても温かかった。

 


 今日は卒業式。胸にはピンク色の可愛い花。卒業証書をもらい、6年間の思い出を声掛けして、歌を歌った。小さな町なので小学校も中学校も1校。

卒業生はみんな小学校のすぐそばの中学校へ入学するので、それほど悲しいお別れの気分にはならない。ただ、私だけ別の中学校へいくので、卒業式が私のお別れ会のような感じになった。


 クラスのみんなが書いてくれた色紙をもらって、仲が良かったお友達と写真を撮った。色紙には「また、いつでも遊びに来てね」「都会にいってもみんなの事忘れないでね」「ウサギのマスコットありがとう。大事にするね」「実花ちゃん、大好き♡」

「10年後の同窓会、忘れるなよ」「たくさん友達できるといいね」「ずっと友達でいてね」「がんばれ実花ちゃん」時間があっという間に過ぎて……あと数分でお別れ。そう思ったら急に悲しくなって涙がこぼれて、みんなで泣いた。卒業式は誰も泣かなかったのに……


 校門の入り口には、両親が車の中で待っていた。

車に乗って窓を開けた。頬を伝った涙の線に冷たい風があたる。

左側一面には青い海。


 すると海の上に、冬なのに1艘漁船。目を凝らしてみてみると沢山のカラフルな大漁旗が風にはためいていて、その下に真っ黒く日焼けしたおじさん、おばさんたちが大きく手を振っていた。何か叫んでいるようだが、聞こえない。

私も車の窓から手を振った。船の先頭をみるとあれ?隼人。どして?さっきまで学校にいたよね???

隼人が手に大きな白い旗を持ってる。何か書いてある。


――― 忘れ物、あずかってる!いつか必ず取りに来い! ―――



え?私、何か学校に忘れ物しちゃったのかな?


「わかった~!」と大きな声で叫んだが聞こえたのかな?







 そして中学、高校、大学とそれぞれに友達ができて、自分で言うのもなんだけど意外と社交性が高いようで、楽しく学生生活を過ごすことができました。

そして4月からついに社会人。そんな時、ハガキが届いた。小学校の同窓会のご案内。あれから10年。本当はもっと早くあの町に遊びに行きたいと思っていたけど1度も遊びに行けなかったな……


 


 信号待ちをしていると、私の横に小学生の女の子2人組がなかよく並んで何か話して笑っていた。(可愛いな)ふと1人の子のランドセルをみると白いウサギのぬいぐるみがぶら下がっていた。


私はハッとした。あの忘れ物‼……


電車に乗って、そのあと1時間に1回しか運行していない田舎のバスに乗り継いだ。

右側の窓から一面に青い海が見えてきた。

降りたバス停のそばには、あの漁港がみえた。10年前にタイムスリップしたみたい。景色も、匂いも、あの時計も、変わらない。


「おー‼もしかして実花ちゃんか?」聞いたことがあるおおきな豪快な声。


「はい。実花です。おじさん、大変ご無沙汰しております」とペコリとお辞儀した。


「昔から、めんこがったけど、ますます綺麗になったな~。ちょっとまってろ。」

と言って、倉庫に走っていき作業している人たちに声をかけた。


「おいおい、びっくりすんなよ。実花ちゃんが帰ってきたよ!」


「何?誰?実花?実花ちゃんってあの実花ちゃんか?」


みんな急いで倉庫からでてきた。


「そうだ小学校の時、隼人の同級生だった実花ちゃんだ」


「いやぁ~ずいぶん懐かしいね~。元気そうだね~」


「すらっとおっきくなったね~」


「ほんとだ、美人さんになってぇ~。」……おじさん、おばさんたちは相変わらず真っ黒い肌で優しい笑顔で、一言言葉を交わしただけで、10年という年月を魔法のように埋めた。


「あ、そういえば隼人が言ってた同窓会に実花ちゃんも来たのか?」


「はい。そうです」


「あのバカは地元の高校を中退してしまって、今は一緒に漁師をやってんだ。でもまだまだ見習い漁師だな」とガハハと豪快な声で笑った。


するとおばさんが「実花ちゃん、同窓会何時から?もうはじまってんじゃないの?」

え!?もうそんな時間?あの時計を見た。


「いけない、もう始まってる。じゃあまた帰りに寄りますね」と駆け足で小学校まで行った。


「実花ちゃん、全然かわってないね。あの頃もいっつも走って学校にいってたね。変わったのは洋服と靴だけだね」とみんなでニコニコ顔で見送った。



 懐かしい小学校についた。机やいすが小さく感じる。教室の黒板には同窓会の文字。ざわざわと声が聞こえて、一歩教室に足を踏み入れたら


「実花ちゃん~‼」「元気だった~?」「背伸びたね~」「懐かしいね~」

「10年ぶりだね」とみんなで声を掛け合う。


すると教室の窓越しに真っ黒い肌をした男性がいた。


「久しぶり、忘れ物、分かったか?」


「久しぶり、忘れ物、分かったよ」


言葉を交わすと、ふたりは照れ笑いをした。


 するとスーツを着た男性は自分のポケットから赤いフェルトをだした。

それは、実花が作っていた、未完成の赤いタコの形をしたマスコット。

そこには文字が刺繍してあった。


    ―――またね、大好き―――


 小学生の頃、私は初恋をした。でも告白できないまま恋は終わった。

と思っていたが、タコのマスコットをあの倉庫に置き忘れてしまったおかげで

10年後に告白できた。






















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忘れ物 星空 花菜女 @20250317

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