第3話 ログハウスの裏にあった荒れた畑と、女神の置き土産

 ログハウスを磨き上げ、人心地つくと腹が鳴った。


 最後に飯を食ったのはいつだったろう。

 牢の中では、家畜でさえもう少しマシなものを食ってたんじゃないか、と思えるようなものを口に押し込まれていたからな。

 腹がすくという感覚すら、遠い昔の記憶な気がする。


 貯蔵庫に入り、保存瓶を開けた。キッチンから持ってきたボウルに小麦粉をすくい入れ、塩を混ぜる。そこに、蜂蜜とオリーブオイルを回し入れた。


 キッチンに戻り、小麦粉に水をいれ捏ねたものをわきに寄せ、裏口から外にでた。

 そこにあるのは山風樹だ。夏に咲く花は風鈴花とも呼ばれ、ほんのり甘い花びらをハーブティーに使う。今はまだ、その蕾すらないが柔らかな葉が生い茂っている。

 山風樹の葉を摘みながら、可笑しくなって口許が緩んだ。


「まさか、毒殺を恐れて自炊していたのが役に立つとはな」


 若葉を一枚口に放り込む。

 噛むと少しの苦味と一緒に、優しい春の香りが広がった。悲しくも懐かしい味だ。

 城にあったサンルームで育てていた草木は、どうなったのか。


 俺の命を繋いでいた植物を思い出し、わずかにしんみりとしながら、空を見上げた。

 青空には穏やかな雲が泳いでいる。


「……考えても仕方がないか」


 苦笑しながら視線を下ろすと、そこに広がる荒れ果てた畑が目に飛び込んできた。

 だいぶ広いな。しかし、これはまた……


 枯れ草、枯れ枝が転がっている。これほど乾いて白茶けた土なんて、見たことがない。何年放置すればここまで荒れ果てるんだか。


「明日からは、畑を耕さないとな」


 土に触れるのはいつ以来か。

 城で畑を耕したのは、半ば必要に迫られてだったが。


「今回は、同じ必要に迫られてでも気が楽だ」


 山風樹の横、生い茂る葉の中でなる赤いベリーに気付き、一つ摘まんで口に入れた。

 酸味が強いが、それが丁度よく疲れた身体に染み渡る。食後のデザートにちょうどいいな。

 それに、この葉も食べられるしハーブティーに出来たはずだ。


 もしかしたら、こんな荒れた畑の横でも葉や実をつける木々は、女神の贈り物なのかもしれない。


 至れり尽くせりで、少し怖くもある。


 キッチンに戻ってから、放置しておいた生地を手に取った。それを拳大に切り分けて丸くする。

 これまた女神の置き土産だろうフライパンを、火をつけたコンロに置き、そこに丸めた生地を並べた。


 フライパンに蓋をして放置する間に、井戸水を入れた鍋に刻んだ干し肉も入れて煮込む。塩コショウで味を整え、摘んできた山風樹の葉を刻んでいれれば──


 テーブルに、女神の置き土産から作った平焼きパン、干し肉と山風樹のスープ、摘んできた赤いベリーが並んだ。それと、真っ白なポットとカップ。

 ポットのふたを開けると、ふわりと甘い香りが立ち上がる。そこに入っているのは、ベリーの葉だ。


 カップに注ぐと、うっすらと色づいた茶から湯気が上がった。

 席につき、誰にともなく「いただきます」といって、カップに口をつける。


 口に広がる爽やかな香りが、ほっとする。


「だが……これじゃない」


 記憶にあるハーブティーにはほど遠い。あの味をもう一度味わうには、まだまだやることが山積みだな。


 焼きたてのパンを千切り、口に運ぶ。一噛みするごとに、心がほぐれていくようだった。

 これからの日々を思い描きながら、久々の温かい食事を完食した。


 ◇


 荒れ果てた畑を耕し始めて二日が経った。

 さすがに全ての畑を整えるのは無理だ。それくらい、土地は広い。これだけの土地なら、なん十種類と育てられそうだが……


「さすがに、独りじゃ無理だな」


 苦笑しながら、一人で管理できる程度のうねを作っていると、背後に気配を感じた。

 風が吹き抜け、山風樹の葉がざわざわと揺れる。


「頑張るわね~」


 振り返ると、とんがり帽子をかぶった少女が立っていた。十五、六歳くらいだろうか。

 風に揺れるふわふわの金髪を飾る花飾りが、きらりと輝いた。手に可愛らしい杖を持っているところを見ると、この辺りに住んでいる魔女か。


 だとしたら、魔女がなんの用で現れた。


 警戒心を押し隠しながら、少女から視線をはずし、袋の種を畝に撒く。

 魔女になど、関わらない方が身のためだ。

 無視をして作業を続けると、さくっと音がして、視界に赤い靴の爪先が映り込んだ。


「こんな枯れた畑じゃ、芽は出ないわよ」

「……やってみないと、わからないだろ」

「わかるわよ! あたしは森の魔女だもの」


 ふふんっと自慢げに笑う少女は、腰に手を当てて胸を張った。


「森の、魔女……?」

「そうよ。植物のことなら、誰よりも詳しいんだから!」

「……そうか」

「って、ちょっと! 人の話聞いてた!? 種を撒いたって意味ないんだから!」


 少女の言葉を無視したことに腹を立てたのか。彼女は頬を膨らませながら、俺の顔を覗き込んできた。


「森の魔女ジャスミン様が、特別に助けてあげるわ!」

「……は?」


 なんなんだ、こいつは。

 ジャスミンと名乗った少女は、持っている杖を振ると、ふふっと笑った。

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