呪殺

白河雛千代

第1話

「呪うだけで人を殺せたらいいのにな」

「もし本当にできたら?」

「人類の大半が死ぬんじゃね」

 そんなところから僕らの最期の会話はスタートした。僕は部屋の隅、漫画を途中でやめて答える。

「でもさ、普通に生きてて人に呪われるくらい嫌われることってある?」

 それを考えたら、そうそう死にすぎることはないんじゃないか。それを含めての問いかけだった。

 友人は唸りながらも答えた。その時点で僕の思惑の範疇だ。つまり彼はもうこの話題の虜になっている。

「……うーん。あ、恋愛絡みに関してはそれなりにありそうじゃね。たとえばさ、女の方は友達と思ってて、男は好きで、それを振っちゃうとかでも……もつれ次第で、なる時はなりそう」

「逆恨みは怖いね。でもさ、それも同じことだよ。例えば自分が美人だとしたら……? イケメンでもいいけど、確かにこの場合は女性の側から考えると分かりやすいかもね」

「ああ……いやいや男だって包丁とか持ち出されたらアウトだけどな。でも大抵の場合は、そうだろうしな。で、続き」

「うん。美人なら尚更気を遣うようにならなければ顔が良いだけのただのバカだ。だってそれで危険なのは結局、自分だもの。そうやって皆、学校や世間との交わりの中で、自分に見合った距離感、自分なりの距離感を身につけていくものだろう? それなのに、恋愛するような時分に至ってもそれが身についていないんだから」

「ま、いるよね。話してみるとガキ越して真性のバカっぽいやつ。実際どう接してやればいいんだろうな、ああいうの。最適解とかある? お前なりでいいよ」

「あくまでその人のことを気にかけるとしたら、僕なら付き合えそうなら付き合って、その中で改善していく。たぶんバカゆえにこっちの言うことは認められれば素直に聞くだろうし。そうやって保護するみたいに過ごしていくしかないんじゃない?」

「クレバーだな」

「直球でぶつけたら周りもうるさそうだからね。そんなの付き合いきれないし、そもそもあくまで気にかけるなら、だよ。そうやって破滅しようが大抵の場合はどうとも思わない。君なら?」

「俺?」

「僕と君以外に誰がいる? そして僕はもう答えた」

「俺は愛想よく接して、友達を狙う」

「趣旨がズレてるよ、もう」

「いいじゃん。俺はお前みたいに高尚には考えられねーの」

 女性からしたら酷い話だけれど、男性の間でこれくらいは当たり前の領分だ。女性だって男性のいないところで何を言っているか知れたものじゃない。特に今などは想定される本人がそもそも実在しないので好き勝手にも言う。

 けれど事実もあって、男女に限らず頭の良さは関係を築く上で大切なパロメーターだ。

 頭が良いことが良いというのではない、自分に合っているかが大切だという意味である。

 そこがズレていれば、文字通り、会話にならないこともある。

 そこで僕は言う。

「とにかく、そういうことを考えたら、呪われるくらい嫌われたからにはその人の生活態度とか、環境とか、その辺に必ず因果がある。わかりやすく言えばそのまま性格が汚すぎた、逆に言えば八方美人が過ぎた。何はともあれ過ぎるってのは良くない。必ず悪い」

「要するに、寿命や病気、天災以外で死ぬ、ということには必ず本人の何かしらが災いしてるってことだろ」

「そういうこと……だね。三角関係なんかは中心の人がふしだらで優柔不断なだけだし。問題が起きたからには、必ず原因がある。普段から清く正しく誠実に接してればそんなことには早々ならないわけで、つまり呪われるくらい嫌われるのって、それで最悪死ぬってのはさ、もうその人が悪いんだよ」

 これが巷で浸透している、いわゆる自己責任論だ。

 どんな状況であれ、それを発生させるに至った原因は本人のそれまでの積み重ねなのであって、誰のせいにもできない。

 しかし、実のところ僕はまるで正反対の自論を持っている。

 僕は状況に合わせて続けた。

「本人に自覚がなくてやってたんだとしても、それはそれで、さっき言ったみたいにソイツの知能に問題があるからだし。自分のやってることの相対的な評価を想像できない、もしくは無自覚なのって尚更問題あるとも思うし、呪い殺しが当然になれば必然的に早めに淘汰されていく人たちだろうね」

「まぁ、そう言われてみればそうか。でもそしたらやっぱすぐに人類の大半が死ぬんじゃねーの」

 僕は少し呆れた。

 と同時に少し安心もする。

 これなら僕の思惑など気づきもしないだろう。

「君は人類の大半がそんなバカばかりだと思っているのか。いるよね、そういうやつ……という程度だから、そんなに死にはしないって論調だろうが」

「……あーそこまで考えて話してなかったわ。でも結局、最後には人少なくなって社会が回らなくなるんじゃない?」

「それもたぶん平気」

「なんで」

「パレートの法則」

「なにそれ」

 これにはどうとも思わない。知識なんてものは知っているか否かだけで、それ自体が優劣を伴うものではなく、知り得た知識をどう利用するか? してきたか? というその先の行動が優劣の要。知らなければこれから知ればいいだけのことで、そんなことも知らないのか? なんて浅慮に威張るほうがよっぽどバカだ。

 したがってテレビのクイズ番組に興じている人間は皆、バカである。

 知ってれば答えられる、知らなければ答えられない。

 こんな二択でその人の何が測れるというのか。マーク式の大学入試もそうだが、こんな内容ばかりだからテレビなんてのは見るに堪えないし、それを観る人のコミュニケーション能力も落ちるんだ。

 蛇足だった。パレートの法則の話である。

「物事を動かしたり、進めたり、そういう結果や成果に結びつく行動をしているのは全体の二割。残りの八割は大して機能してないって法則」

「お前ってそういうの好きだよな」

「どこかで目にしただけだよ。知ってるからって威張れることじゃない。君だって好きなラーメン屋や古着屋やバーなんかには鼻が効くじゃない。それとおんなじ。で、例えば明日から人殺していいですって言われたって、いきなりやってみる?」

「あーいやぁ、確かにそれは疑うかも。本当に殺していいのか、何かの罠なんじゃないかとか、あるいは実際殺すのを認められてたとしても、とりあえず勇気はいるよね」

「でしょ。だからいきなり極端に殺しまくるようなことにはきっとならない。率先して殺しまくるようなのは頭が良いからやってるか、バカすぎる二割くらいで、大抵は一人か二人試しに殺して、やっぱやめようとかなって、そうこうしている内に自分が殺されてるか、あとは社会や世間がその力についてどう意見をまとめるかに自分の意見を依らせるようになって、そこの意見次第では全体的な呪い殺し自体縮小していくかもしれない。けれどこれも同じ法則によって、最悪、それで八割くらいいなくなってもまたどうにかなると言えるんだよ。成果を出してるのは二割なんだからね。その二割さえいればいい」

「八割、五人につき四人死ぬって……でも相当じゃないか? 学校のクラスで男女十五人ずつの編成だったとしても、次の日から教室に六人しかいなくなるんだよ。学年五クラスだとしたら、全校生徒で百人未満だ。全学年一クラスでいいね」

「スッキリするじゃん」

「えぇ……そうかなぁ、寂しくならん?」

「まぁ局所的に見るとそうかもしれないけど、世界的に見るとそれでもまだ多いくらいなんだ。というのも、今の人間の総人口って大体八十億なわけ。その中の二割っても十六億だよ? 十六億人。そんくらいいりゃ人間なんとかなりそうな気しない?」

「ははは……確かにそう言われりゃそうだけどさぁ……すげぇ規模になってきたな」

 それでいいのだ。よく漫画やアニメなんかで特殊能力を得てそれを活かして生きていったり、世の中を変えようとする者がいるけど、真面目に造物主がいたとしてそんな力を特定の人物のみに持たせるわけがない。

 発現するとしたら、それこそ全生命体や種単位やそれを包括する分類別になるだろう。

 そして、もしそんなことが起きたなら、全人類無関係でいられるわけがないのだから。

 それが現実的。特別というのはあくまで漫画用アニメ用の単語なのだ。君もあなたも、そして僕も、ヒトとして同じだけの可能性を持った同じ人間である。

 与太話だった。僕は先を続ける。

「単純に東京に置き換えてみると、今の人口は約1396万いて、その二割だから、279万人程度になるけど、これは現在の広島県の人口と同じくらい。一方広島の土地面積は軽く東京の四倍弱だよ。でも今の広島の人たちは別に人少なすぎ! とか不満持ってたりしないでしょ」

「確かに! てか、東京がどれだけ異常かって話でもあるかもな」

「うん。それもそうだけど、いまは先を進めよう」

「ふぁい!」

 友人はもはや威勢のいい生徒然として言った。この雰囲気が僕としても嫌いじゃなかった。

「しかも残った人間なんだから、みんな良い人。八割の中にはそりゃ良い人でも、さっき言ってたみたいに逆恨みで殺されたりする人もそれなり以上に出てくると思う。けどその上で残った、残れたということは間違いなくそうした争い事に少しも巻き込まれなかった人だと言えるわけだからね。きっと頭も回るし、余計なことも口走らない、距離感を保って自立した人間関係を築け、気遣いもできる人たちのはずだよ。それが十六億いりゃ人間なんとかなるでしょ」

「子供は? 子供はそういう善悪なしに興味本位、思いつきでやってみちゃって、楽しくなることもあるよな。流行にも敏感。そうして生き残ったら善人ばかりとは言えなくない?」

「元にどんな家庭環境で人を呪い殺してみようなんて思うか判らないけど、でも人類が呪い殺しを得た時点で低年齢というのはさしたる意味を持たないと思う」

「なんで? 良心は?」

「それもあるけど、つまり殺してもまた産めばいいから。それしかないから。さっきどんな家庭環境で、と前置いたけど、殺すか殺されるかの一触即発の時にそこは関係ない。もし君が良い人だったとして、法の範囲外ですぐにも殺せる力を得たとして、同じ力を持ちかつ危険な思想を抱いてる子供が現れたら、どうする?」

「懐柔したり……いや、もうそんな段階じゃないんだよな……なんか切なくなってきた」

「その通り。良い人であればこそ、どんなに可哀想であったとしても速やかに殺して、今生きてる健全な思想の人たちの被害をゼロに抑えようとするだろうね」

「残酷だ……」

「そうした判断はとっくに超えた頃の話だよ。君が最初に言った通り、下手を打てば人類滅亡の危機でもある。背に腹はかえられない」

「解ってるけど……やりきれないだろうな」

「まぁ。だからこそ、今から子供らをそうしてしまう家庭のみならず環境ってのは厳しすぎるくらいにみておかなきゃならないんじゃないかって話でもある……そもそも教育とは未来を育てる分野。責任なんて重すぎて当然なくらいなんだ……脱線したね。話を戻そう」

 僕は踏み込みすぎたとも思った。

 今から、考えるべきという点で、僕の本意は一致するからだ。そして考えなきゃならないのは、そう、僕の友人だ。

 この友人は許されざる罪を犯している。

 そしてそのことを自覚せず、また社会的に裁くこともできない頭にクソのつく悪党だ。

「余計でだらだらとサボってクズの仲間増やしたり、悪態ついて周りの士気下げたり、無能なのに偉ぶって全体の邪魔をしてるような人や陰で牛耳って甘い汁啜ってるような人ももうみんなどっかで死んでるわけだから、むしろより捗るかも」

 僕はそこまでを出まかせで話した。その時脳裏では底知れない憎悪が渦巻いていたからだ。

 怒り、憤り。

 次の一言に僕は集中した。

「つまりさ。こいつクズだなーって思う人間はその場でどんどん殺してった方が後の世のためになるんだよ」

「……すごいこと言うね、お前」

「真理だよ。なんだけど、法がそれを許さないから誰もしないだけ。殺したほうがいいクズでも更生がーとかいって守っちゃうでしょ。何なら起訴されてないだけで野放しになってるのがどれほどいることか。そのために被害に遭ったり、殺されるのは大抵、悪口とか言わないし、普通に懸命に生きてた人たちなのにね。そんなクズ共は守って、普通に生きてたのにソイツらの無遠慮で死んだ人は守ったり、代わりに復讐してくれないのが今の法。やり得なんだよ。そうやって使えもしない六十四億がグチグチいったり暴れたりして、善人の十六億の心病ませて足引っ張ってんのが今の社会。だから、六十四億無差別に呪い殺していったら、確実に世の中は良くなるよ」

 友人の顔が見るからに暗くなった。

 僕の話の内容はそういうものだが、しかしそれにしてはあからさますぎるくらいにだ。

「…………」

 僕は挑発した。

「どうした? さっきまでの威勢は? この話を振ったのは、"お前"だろ?」

「確かに言ったのは俺だけど、そう考えていくとさ……」

「それってさ、もしかして自信ないの?」

「え……」

 友人はやや鬱陶しげに顔をあげる。

「生き残る自信。誰かに恨まれるようなことさえしてなきゃいいんだよ? 善人の十六億に残れる。そしてそんなことは普通に生きてりゃ滅多に起こることじゃない。そのはずじゃないか?」

「いや、でも……」

 友人は目に見えないなにかがそこにいて、あたかもそれらの顔色を窺うかのようにかぶりを振って、しばらく躊躇った後で、話し出した。

「……そりゃそうでしょ。普通に生きるったってさ、誰だってどっかで無自覚に誰かを傷つけたかもしんないじゃん。どんなに良い方向を目指したって蔑ろになっちゃった人たちもいるだろうし。単にイライラしてさ、八つ当たっちゃったりすることも、普通に失敗して反感買ったりすることもあるじゃん、生きてりゃ……人間なんだし。だれも聖人君子じゃいられない。誰だって。そんなことの一つや二つあるじゃん。そうじゃないの?」

「ふーん、なるほどねー」

「正義感でそれをやる、って人もいるかもしれないけど、結局同じ穴のムジナだよ。本当に心の底から人の為を思ってやるなら、最後には自分で自分を呪い殺すことになるんじゃないかな」

 ああ、もう限界だ。

 コイツのクソみたいな弁解は十分だと思った。

「……だろうね。やっと解った?」

「うん……え?」

「お前がその無責任な口先で殺してきた人間の気持ちが」

 二年前の今頃、僕には恋人がいた。

 彼女がいわゆる配信者だと知ったのは付き合い始めて三ヶ月が経ったころ。それから一年したとき、彼女は亡くなった。

 自宅で自ら命を絶った。

 遺書などはない。

 けれどその少し前から彼女は僕の存在を周知したことによるファンや見も知らぬ匿名からのバッシングを日々受けていた。

 この男はその一人だ。彼女との付き合いを当然知る由もなかったこの男は平然と僕の前で彼女を罵った。

 それで気を病んだのは明らかだった。

 道行く人の視線を避けるようになった。

 目を合わせなくなった。

 いつ何時でも人に怯えていながら、それでも毅然と振る舞おうとしてちぐはぐになってしまう彼女の態度に、道行く人たちはさらに奇異なものを見るような眼差しを送るようになり、店員たちの目つきも鋭く、冷たくなった。

 たかがコンビニの買い物で震えながら小銭を受け取る彼女の前で、キザったいマスクをした若い店員が嘲笑うかのように小さく「きもい」と言った時はその胸ぐらを掴んで騒動になり、余計に彼女を怖がらせてしまったのを、その晩ひどく後悔した。

 こういうことはあまり言いたくないが、隣の国には川に落ちた犬は叩けなどと言う、ちょっと今の僕には看過し難い諺があると聞く。

 今の我々はどうだ。

 この国では落ちた人に対する冷遇が凄まじい。

 そうして病んだからには必ず因果があり、元は普通の、どこにでもいる表情豊かで愛と希望に満ちていたその辺の誰とも変わらないような人だったのを、そうさせた誰かが必ずいて、悪いのはソイツなのに、ソイツは大衆や世間の風潮や時代とかいうそのたび都合よく出来上がる森の中に隠れ潜んでしまって裁かれず、なぜかそうして落ちたもののほうをここぞとばかりに皆で叩く。

 いつからか、なんて問題ではない。

 今、そのような人間が裁かれもせずにのうのうと今日もおそらく同じ態度で生きているだろう、ということが度し難い。

 理由などもなんでもいいのだ。

 なぜなら完璧な人間などどこにもいない。

 まともに生きていれば二十歳を超える頃にはそれが解るだろう。人間はグレーだ。白でも黒でもなく、正しくもあり悪くもあり、物語に出てくるようなヒロインや白馬の王子様なんてどこにもおらず、そんな曖昧な境界線上を正義とも悪とも程遠いゾーンを迷い、漂いながら生きていくものだ。

 つまり、叩いた理由はそこじゃない。

 ただ弱かったから。

 やり返さなかったから。

 理由も原因も、全ては加害した自分たちの安全を守るための詭弁でしかない。

 なんて醜いものに成り下がったんだろう。

 イジメがあるたびそれを隠す学校や教育委員会をもそしりながら、同じ口で何をしているのかの分別もついていない。

 かつて三島由紀夫が亡くなった時にどう思っただろうと考える。あの人が当時の自衛隊員に罵声を浴びせかけられながら、それでも男一匹、市ヶ谷駐屯地の屋上から大声で訴えかけ、なお相手にされず、自刃したその時。

 今の僕には解る気がする。

 もうこんな日本は見ていたくないと、思ったのではないか。

 これはまだ願いだ。

 呪いではない。

 呪いにさせてくれるな、その想いで僕は友人に続けた。

「人を呪うってそういうことなんだよ。誰かを呪った瞬間から自分もまた呪われる側の人間になるんだ。そんな覚悟もなしに誰かから聞いたふうな浅い物差しだけで他人を解った気になって、あげく呪ったりしてるからお前はいつまで経っても幸せになれない、お天道様は見てるんだよ。そういうとこを。だから無責任に誰かを妬んで、蔑んで、呪う悪循環から離れられないんだ。成長しろよ。成長ってのは自分が完璧になることじゃない。誰かの完璧じゃなさを認められるように色んな考え方や人がいるってこと、多角的で広く落ち着いた視野を身につけるってことだ。自分がされて、言われて嫌なことは相手にもしない、言わないようにしましょうって子供の時、習わなかったか? お前が、自分で言ったみたいに、人間なんて誰だって完璧じゃない。お前だって完璧であるわけがないのに、他人の失敗や醜さは目ざとく見つけて、鬼の首を取ったかのように正義のつもりで揚々と呪い、嘲笑うくせして、いざ自分に被害が回るかと思えばそんな風に自分や人間全体に主語を広げてその行いを擁護し始める。言っていいことと悪いこと、言わなくていいこともある、そんな人間として当たり前の処世術も距離感も助け合いの精神も学ばないまま、手の届かないとこから他人様ひとさまを殴れる安価で無敵の武器を得てしまった危険思想持ちの子供、それがお前だ。一人じゃ何にもできないくせに、庇ってくれる大人がいなければ何もできないくせに、口先だけは一丁前の、大人のふりした、自分が無知であることにも気付けていない、どうしょうもない子供だよ」

「………っ」

「解ったら、そんなこと二度と軽々しく口にすんな。裏を返せばそれを解って、呪うことの虚しさに気づけば、今すぐにでも八十億人皆が、残った十六億人のようになれる可能性を秘めてるのが人間なのに、お前のような人のために皆、悪しき方向に染まっていくんだ。それが解るまで、お前はもういっそしばらく黙ってろ。どうしても言いたいことがあるならメモ帳にでも書き綴れ。もしそんなコミュニティがあるなら二度と覗くな。関わるな。参加するな。そのほうが後の世のためになる」

「……うるせー」

「——っ!」

 一瞬だった。

 友人の手が僕の首に伸びるまで。

 一呼吸の間もなかった。

「うるっせっつんだよ! ゴチャゴチャ吹きやがって……そういうめんどくさいのどうでもいいんだよ! 俺は俺がスカッとできればそれでいいんだよ! 俺をイラつかせた奴が悪いんだよっ! 迷惑かけたら悪い人だろ、わがまま言ったら悪い人だろ! それしか教わってないからそれしか考えられねえの。そうだよ、良いか悪いか、周りや数字を見てしか判断できない幼稚なバカなんです。だから呪うんだ! 他人が呪ってるものを一緒になって! 戦争は悪い国がしてるんだ! 暴力振るったら最低なんだ! 悪い人だから皆呪ってるし、皆に呪われてるならソイツは悪い奴なの! それでいいんだよ! 偉そうに説教すんな! 難しい話なんて考えられないの! 皆で悪い奴をやっつけて何が悪いんだよっ! それが趣味……そんな汚いのが人間なんだよっ! お前みたいな奴こそ死んでしまえっ! そうしたらもう俺たちに、めんどくさいこと言うやつもいなくなるんだからなァッ!」

(あーあ、ちくしょうが)

 頸動脈を絞められたことで、頭に昇ったはいいが心臓に戻れず、そうして圧迫された毛細血管が破れ出した。

 水晶体は割れたように血走り、僕がこれ以上醜い姿を見せまいとして目を閉じると共に、皮膚の薄いその瞼の裏から、とろりと血液が流れ出した。

 今際の際に友人の高笑いが聞こえた。

 愚かな男だった。

(お前は最悪の判断をした。考えてもみろ。生身でいるからこそ非現実的な呪いが、死ねば霊になってたたることができるようになる……この先何十年とかけて。楽しみだ。お前じゃないよ。お前に最愛の奥さんができた時。お前に最愛の子供ができた時。お前が人生の絶頂を迎えるたびに。孫はおろか末代に至るまで、お前の周りにいる人を、呪い殺してやる……呪い殺してやるからな……)

 紅い涙が。

 目尻から頬、頬から顎を伝い、流れ、堕ちていく。

 どこまでも。

 どこまでも……。

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呪殺 白河雛千代 @Shirohinagic

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