理解のあるかぐや姫と互助会荒らし
白河雛千代
第1話
「私、まったく聞いてなかったんだけどさ」
「うん」
「その、サークル? の活動費とかってどうなってるの?」
「活動……費?!」
そこで
まるで「生物が活動するのにお金が必要だったのですか? ヤバい、私、ぜんぜん払ってない!」とでも言いたそうな驚きぶりである。
が、
「うん。久世くんとあちこち行ってんでしょ? その資金」
陽菜は額の汗を拭いながら言う。
「あ——ああ、そういうことか」
「むしろそういうことしかねえんだよ」
ツッコミも非常に冷静だった。
この友人の奇人変人厄介ぶりは今に始まったことじゃなし、いちいち付き合っていたらそれこそ日が暮れる。未だそんなことをしているのは、
陽菜は指折り数えながら、少し照れまじりに言った。
「タイガーはバイト。私は一応、その、仕送りから出してるよ? 元々これもバイトの延長線上だし」
「……あー、っぱそこからかー」
鷹見 瑛子はそう言って頭を抱えた。
「そもそもサークルなの? 同好会なの?」
「活動会」
「……何をする会なんですか」
「タイガーと変なとこ行って変なことする活動」
瑛子はそのややふんわり目な頭をぽこっと叩いてから言った。
「もう一回殴っていい?」
「殴っ——もう一回は結構です。PayPayで」
「女の子でしょ……つーかまずまともに会話をしろ。最近特に脈絡がなくなってる」
「だって、まともな話なんてつまんないし。伝わればよくない?」
「伝わってねえんだよ、私や久世くん以外には。そういうことだと思ってついてって、本当に変なことで逆にがっかりってパターンもあるからな。つかアンタのは実際それだし」
「私にとって性交渉は別に変なことじゃない。嘘、ついてないもん」
「とか言って、いまだに久世くんのこと下の名前で呼べもしないくせに」
「特売日のときは呼んだりするよ」
「団長でしょ? もっとしっかりしないと久世くんも困ってんじゃないの?」
「う……うー」
しかし、陽菜はふとして華奢な指を前に組むと、
「そんなにいろいろ言われても……私はただ、タイガーと遊んでるのが楽しい——それだけだからなぁ」
いつになく女の子らしい顔を浮かべて言うのだ。
「そんな大層なこと、そもそも考えてないんよ。こう、型にハマっちゃう気がして嫌っつーか。抗いたい、迫りくる運命のすべてに」
「…………」
鷹見 瑛子にとっても友人の、この人のことを最初に聞いたのは、だいぶ以前……それこそ入学したての頃まで遡る。
が、その時の印象からすると、その世間一般、どこにでもあるような柔和な表情は驚愕に値するもので、なんとなくじっと眺めてしまう。
(この子なりにやっと打ち解けてきたってことなのはいいんだけどさー……ますます初見は離れてくっつーか)
鷹見 瑛子は呆れ返って言った。
「久世くんもよく付き合ってるわ……」
「まだ付き合ってはないよ!」
「あーもー付き合いづれえなあもう、よく久世くんも付き合ってられるなー!」
そうこう話しているうち、別の棟からその久世 大河が
「お、噂をすれば僕はタイガー」
陽菜はそう言うとすぐさま手を振って駆け寄っていき、瑛子はその様を眺めてため息をついた。呆れるくらい、その仕草はもうどこにでもいる女の子と変わりがない。
一人の恋する乙女だった。
「あれ、陽菜さん? え、何の話?」
「今日も変なとこ行って変なことしようぜ!」
「言い方っ! しかも完全に意図して言ってるだろ! 別に可愛くねえんだよ! ただただ奇抜なんだよ! 出会い頭からこれだよ! 僕の評判が悪くなってくの全部、陽菜さんのせいだよ! 突っ込みが間に合わねえよ!」
大河は即座に訂正したが、どちらの声も中庭によく響いて学徒の間を縦横無尽に広まるのだった。
もちろん、本人が言う通り、陽菜といつも一緒の久世 大河の人望もまた浮世を離れていく一方である。
学内でももっともボロいサークル棟の三階の一室。
海外ドラマの保安官とかが使用するような応接間のデスクの向こうで、今時珍しいくらい几帳面な三つ編みをした女性——自治会会長が、机上に肘を立て、手を組みながら、毅然として言い放った。
「そんなことに予算は回せません、却下」
「そんなことってどんなことだと思ってるんですか」
陽菜さんはすかさず言い返したが、僕には分かる。
この手合いは陽菜さんの大好物だ。もうまともに話そうなどという気はさらさらない。とにかく会話を面白い方向にしたくてうずうずしているのだと。
他方、その隣で僕はもう過呼吸したさでうずうずしていた。
「男女が変なとこ行ってすることなんて一つでしょ。変なことに決まってます。ただでさえ最近大学生の風紀が乱れてるとかマッチングがどうとか」
「うちのそんなことは確かに変なことかもしれませんが、世間一般的な変なこととは一線を画した本当に変なことだと思います」
「余計にダメじゃないですか」
「きちんと内容見てから言ってもらっていいですか」
その陽菜さんの返答を聞くや会長はデスクを叩いて立ち上がった。
「撮ってるなんて! ……なんて
「何言ってんだこの人」
と僕はたまらず突っ込んでしまったが、会長はまるで意に介さず続ける。
「大体ね、どうせ活動なんて名目だけで、大学生なんて新歓だの合宿だのチャップルで出会いましただのと言っては、すーぐ集まってあんなことやこんなことばかりしてるんだから。だいたいゴム代になるんだから。あー穢らわしい」
「あんなことやこんなことはしていませんよ。うちのはそんなことです」
会長は一度僕の方を見て愕然とすると、続けた。
「そんなものだなんて、なんて失礼なこというのあなた」
「さっきっから失礼なのアンタだろ!」
「そんなこと、こんなこと、あんな夢こんな夢もいいですが、計画性もなしにできたら困るのはあなた方なんですよ」
「会員の人、誰か通訳お願いしていい?」
「第一まずメンバーが四人しかいないじゃない。公認サークルとして認められるのは五人からです。あ、でも、五人だと一人寂しいことになるから、四人で——あ、そうか。一人で二人相手にすれば五人でもなんて——なんて破廉恥なの、あなたたちは」
「タイガー。この人、私より心配……」
陽菜さんは眉尻を下げて言った。僕も完全に同感だった。
僕らは廊下に出ると、改めて部屋を振り返る。
一昔前のロンドン辺りの建物をモチーフにしたかのような、クラシックな作りの天井付近には生徒自治会室とあって、今出てきた扉にもそのように書かれたA4用紙が貼り付けられていた。
うちの大学はそれなりに由緒も権威もあり、先人たちの功績もある。そのおかげもあって公認サークルの主な活動費は民間の有難い寄付から賄われているのだ。
その予算を取り決めたりするのが、この自治会。いわゆる生徒会のようなものであり、何を隠そう、つい先ほど会ってきたあの女性こそが今期の会長なので、もうなにもかもお手上げだった。
「まぁダメで元々だったから」
「とは言っても、確かに交通費とか出してもらえるのは大きいよ。バイトめんどくさいし、時間の無駄だし」
「ううむ、確かに……それでタイガーと遊ぶ時間が少なくなるのもいやだなぁ」
陽菜さんは一昔前の海外刑事ドラマの探偵役のように顎に手を添え、その場を一周したのち、どんより曇った空を眺めてこう言った。
「タイミングよく、とっておきの賄賂が降ってこないかなぁ」
「それでいいのか、君も」
ぽつりぽつりと、通り雨が降ってきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます