第11話
「皆にも紹介しても構わないかな?」
「もちろんです」
私が了承の返事をすると、黒瀬さんは上品な笑顔を一つ返して、紹介するね、と、長いテーブルを囲んで後ろで会話が盛り上がり初めている面々に呼びかけた。
「今日メインゲストとして出てくれたDJのエトさんだよ」
黒瀬さんがそう言ってこちらに目線を配ってくれた後、今日初めてその人々と視線を交わすことになった訳だけれど、一斉に集まった視線は案の定、想定通りのものだった。
芸能プロの社長だろうか。見るからに上質なスーツを着こなして、にこりと微笑む人の良さそうな表情の奥、見定めるような目線と一瞬目が合う。
嫌悪感を孕み、身体中を這いずるような目線を向けるのは女性達。私とは正反対の、清楚感のある艶やかで淡い色合いのカジュアルなドレスを着たその人たちは一瞬の目配せをしたあと、ハリボテの笑みを向けてくる。
どれもが無遠慮に居心地の悪さを与えてくる。空気が濁り、視界の彩度が落ちて行く。血を沸かすほどの怒りと、鼻の奥がつんと痺れるほどの薄汚い同情が混ざり合って鳩尾を潤した。
鼻から静かに吸い込んだ空気をお腹の底に溜めて、ゆっくりと冷気を纏わせるイメージを浮かべてから、また静かに吐き出していく。そうすると、穏やかな心地が作り出せる。自然な笑顔が出来上がる。
宙を彷徨わせていた視線を下ろすと、唐突に綺麗な瞳に捕まった。
男性的で凛々しい眉と対比するように、大きくやや吊り上がった双眸。
この男性が例のモデルの彼だろうか。女性達に挟まれるような位置に座るその人は、一見すると女性と見紛うほどに美しく、初めまして、と胡散臭くて冷たい笑みをなんとも綺麗に浮かべている。
「知ってるかな?彼、今うちのアンバサダーをやってくれているんだけれど」
「そうなんですね。近くで直接お会いすると雰囲気が違っていて、気付きませんでした」
「あはは、それもそうか。紹介するね。
本当は全く知らなかったけれど、曖昧な返事で誤魔化した。黒瀬さんに紹介された彼は、少し伏せていた視線をこちらへ向け、またさっきの笑みを浮かべた。
「モデルの辺美魁星です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。DJのエトです」
「魁星、今年で25だよな?エトさんと同年代なんじゃないか?」
「お、そうなんですか?」
「私も25です」
みんな若いなあ、俺の娘達と変わらないもんなあ、と、何故か嬉しそうな黒瀬さんがお茶目で可愛い。
そう言う黒瀬さんだって、年相応の大人の品の良さはしっかりとあるものの、決して老いを感じるような所はなく、まさにファッション業界の第一線で活躍する人として相応しい人柄とルックスを備えていることに変わりはない。
対する彼、辺美さんは至極興味のなさそうな声色でリアクションをしながら、また先と同じような笑みを浮かべていた。
けれど、彼のこの滲み出る本音に気づいているのはきっと私だけだ。
適当かつ曖昧な返事の選び方、適度な目尻の下げ方、絶妙な口角の上げ方。鏡の前で何千回とそれらをやってきた私はその不自然な調和に気づいていた。
そこはかとなく本能が違和感を唱える。
まあ、気づいているからと言って、もちろん何を言うでもするでもないし、だからと言って彼の本音が分かる訳でもないのだけれど。
場の空気を保ち、自己保身も兼ねる。彼の振る舞いは、私以外の人間に対して正に完璧だった。
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