カレンダー

白河雛千代

第1話

カレンダーに予定を書き込むにつれ、ふと気付いたことがある。

 ◯をつけている日は良いことがあった日だった。反対に×や△をつけているといまいちである。

 もしやと思い、次の日を◎にしたところ、その日、私はなんと目覚めから最高に良い気分に恵まれ、外は快晴、朝から綺麗に卵が割れて、焼き加減もばっちり。

 行く人々の笑みは始終私に向けられ、会社に到着早々、上司に呼び止められたかと思ったら、先日のプレゼンが良かったと褒められ、お手柄だよと太鼓判を押された。

 社員食堂の昼食では、おまけとしてウインナーを追加されたし、助けを求めてきた部下の問題は全て私の得意とする分野だった。

「とすると、これは書いた通りのことが起こるカレンダーに違いない。これまでひたむきに努力してきた甲斐がいよいよ報われたというわけか」

 私はうきうきして自宅のマンションに戻るや例のカレンダーに向かい、次の日から全ての日付に花丸をつけ、思いつく限りの良き出来事を綴った。

 モデルで綺麗な奥さんができる。宝くじが当たる。世間で注目される。全て叶った。取るにたらないと思われた私の人生は、その日を境に目まぐるしく幸運に転じて、書いた通りのことが起きたのだ。

 もはや仕事などやっていられなかった。私はカレンダーに日々良いことを書き足していって、その度ふりかかる幸運を満喫して、各国を豪遊して回り、行く先々で幸運の人として宗教の始祖のように崇め奉られた。

 しかし一つだけ、気になることがある。

 来年からどうするか、ということだが、今のうちに稼げるだけ稼いでしまえば何も問題はないとたかを括る一方、ある不安だけ除けないでいた。

 ちょうどよいので、他のカレンダーも買って試してみても、やっぱりこの最初のカレンダーでなければならないようである。

 そうこうとしているうちに一週間、一ヶ月、半年と過ぎていき、瞬く間に十二月が訪れ、大晦日になった。

 そろそろ覚悟を決めておかなければならないのかもしれない。

 この一年は確かに最高であった。書いたことがそのまま願い通りになるカレンダーを手にした私は悠々自適に、初めて産まれてきて幸せを感じる日々を過ごせた。しかし、そのカレンダーも今日で終わる。次の月日を刻むスペースはもうないのだから。

 私はゆっくりと最後のカレンダーをめくった。

「明けましておめでとうございます、あなた……あら、あなた? あなた?」

 妻が寝室をあけると、そこには夫と、後のページのないカレンダーが落ちていた。

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カレンダー 白河雛千代 @Shirohinagic

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