第8話 戦争には金が要る

「ふう……サッパリした。やっぱ汗かいた後はシャワーにかぎるな」


 裏庭うらにわに停車中のノア室内にて、シャワーを浴び終えた大和はバスタオルを肩にかけ、パンイチ姿でソファーに座った。


 冷蔵庫から取り出したての炭酸飲料たんさんいんりょうをプシュッと開け、こしに手を当てグイッと行く。


「くはあああぁぁぁぁぁぁっ! 美味うめぇぇぇぇぇぇっ!」


 キンキンに冷えてやがる!

 ノアが精霊せいれいさんと交渉こうしょうしてくれたおかげで異世界でも問題なく電子機器が使えている。


 冷蔵庫はもちろん、冷暖房れいだんぼう、キッチン、テレビ、タブレット、AV機器。

 ノアの燃料ねんりょう武装ぶそういたるまで何でもござれだ。


 ネットワーク環境かんきょうこそ存在そんざいしないが、本当にそれだけだ。

 電気代も水道代もかからない分、元の世界よりも快適かいてきかもしれない。

 魔法って便利べんりぃ!


 ――ゴンゴン


「はいはい。ちょっとってて」


 玄関げんかん設定せっていした場所からノックが聞こえた。

 大和はTシャツとジーパンを身につけ応対おうたいに向かう。


「大和さん、こんにちは」

「日々の訓練くんれんせいが出るな」

「ようお二人さん。ここで立ち話もアレだし、まあ上がってくれ」


「うむ。では邪魔じゃまさせてもらう」

「お邪魔します」


 たずねて来たアレクとサツキを居住きょじゅうスペースに通す。

 冷蔵庫から麦茶むぎちゃを出して二人にすすめた。


「この茶……美味いな! さっぱりとした味わいで実にさわやかだ!」

「飲んだことのないお茶です! 何て言う茶葉を使ってるんですか?」


「茶葉っていうか……麦?」

「え?」

「麦って……あの?」


「ああ、あの麦だけど?」

「麦で茶を作るとか聞いたことがない……」

「パンやビールなら分かりますけど……麦?」


「俺の国では昔から飲まれてるものなんだけどな」

「ふむ……なるほど。サツキ、これは……」

「『使え』ますね。研究の価値かち充分じゅうぶんあります。お兄様に麦を大目に買いむように進言しんげんしましょう」


 サツキがさらさらとメモを取る。


「何? 麦茶開発するの?」

「ええ、そのつもりです。麦茶は間違まちがいなく『もうかります』から」

「最悪失敗してもパンやビールに回せばいい。どう転んだところで問題は起きん」


「ヤマトさん、もっと何かありませんか? 向こうにあってこっちにないもの」

「できれば我々の技術で開発可能なものだと助かる」

「今日来た目的はそれか」


 大和の言葉に首肯しゅこうする二人。


「うちの領地りょうち、これといった特産品がないんですよ」

「私たちは今戦争をしている。軍資金の捻出ねんしゅつ必須ひっすだろう?」

「確かに」


 戦争には金がかかる。

 兵士たちの給料に食事、馬や飛竜などの維持費いじひ、武器や防具の手入れに開発など、挙げればキリがない。


「お兄様がやり手なので、何とか上手くやっているのですけど、さすがに戦争となると資金確保かくほが難しくなります」


「そこで貴殿きでんの持つ異世界知識ちしきを利用させてもらおうというわけだ。幸か不幸か、この地は交通の要所ようしょでもある。二国に向けてしっかりとした街道かいどう整備せいびされているため、商品を物流ぶつりゅうに乗せやすい」


「下地はある程度ていどできているわけか……」


 大和は考える。

 商品を出荷しゅっかするため道はすでにできている。


 あとは売れる商品を作るだけ。

 さて、何を出せば売れるだろうか?


「とりあえず話はわかった。世話せわになっている以上協力はしたいけど、現状げんじょう何も言えないな」

「どうしてですか?」


「俺、この世界に来てまだ10日ぐらいだし、この街に来てから3日間、訓練しかしてないから街の事何もわからないんだぞ? そんな状態で商品開発なんてこわくてできないだろ」


 戦争でカツカツになるであろう金をドブに捨てるような真似まねはできない。


「明日視察しさつをさせてくれ。この世界は何ができて何ができないのか理解することが必要だ」


「わかりました。お兄様にのちほど許可きょかをもらっておきます。お金も出してもらいましょう」


「いやさすがにそれは……って、俺この世界の金持ってなかった。訓練に参加さんかしているし、兵士と同じだけの給料ってもらえないかな……前借まえがりで」


「領地経営のために必要な資金だし、素直すなおに出してもらったら良いのではないか?」

「まあ、そうなんだけど……それはそれとして金は持っておきたい」


「わかりました。そちらも交渉しておきます、他に何かありますか?」

「この世界の服を用意してほしい。俺のこの服じゃ目立つしあやしまれる」


 ファンタジー世界ではTシャツとジーパンは浮きまくる。

 周囲しゅういけ込むためにも普通の服が欲しい。


「わかりました。後でとどけます」

「サツキ、私にもたのむ。さすがに学院の制服のまま街に出るわけにもいかん。どこに暗殺者アサシンがいるかわからないからな」


「「え?」」

「え?」


 サツキと声がかさなった。

 何言ってるんだこいつ?――といった感じのリアクションである。


「あの、アレク様? もしかして一緒いっしょに出かけるおつもりですか?」

無論むろん、そのつもりだが?」


「いやいやいやいやいやいや!? ちょっと待てよ!? アレク、お前さん自分の立場わかってる? 今回の内乱のゴール地点なんだよお前は。お前の首を取ったら戦争終了ゲームセットなんだよ? 敵側はお前を殺したくて殺したくてたまらないんだよ? あぶないって!」


「そ、そうですよアレク様! 私たち二人で充分ですって! アレク様は城内じゅうぶんにいた方が……」


「いや、私も行くべきだ。将来皇帝に即位そくいした時のことを考え、少しでも一般庶民の生活というものを理解した方がいい」


「それは別に今やらなくてもいいだろう? 戦争中の危ない時期じきにわざわざやる必要はないって」


「それは違うぞヤマト。戦時中の経済が疲弊ひへいしやすい時期だからこそ、庶民しょみんは本当の顔を見せてくれるのだ」


「……もしかしてアレク様、一緒に行きたいんですか?」

「うむ………………あ」


 不意ふい打ち気味ぎみのサツキの質問に、反射的にこたえるアレク。

 いろいろ御大層ごたいそう名目めいもくかかげているが、ようはただ一緒に行きたいだけだった。


「ち、ちちちちちち違うぞ!? 私は本当に庶民生活を学ぶつもりで……」

「まあ、ずっと城内に引きこもるのって退屈たいくつだしな。この世界娯楽ごらく少なそうだし」

「アレク様、我慢がまんの限界だったんですね……」


「そ、そんなことない! 私はただ――」

「アレク様」


素直すなおに一緒に行きたいって言えばれてってやるけど?」

「どうしますか?」

「…………………………一緒に行きたい。連れてってくれ」


 消え入りそうな声でアレクが言った。

 サツキは「はぁ~」と深いため息をついて、アレクの手をにぎる。


「わかりました。アレク様も行きましょう。全力で御身おんみをお守りします」

「絶対俺たちのそばをはなれるなよ?」


「う、うむ! わかった! …………あの、二人とも」

「「ん?」」


「わがままを聞いてくれて……ありがとう」

「「どういたしまして」」


 話がまとまった。

 サツキは城内に戻るなり兄と交渉、明日の視察のための準備を終える。

 そして翌日よくじつ――


「おはようございますヤマトさん。では行きましょうか」

「ああ、行こうか。ところで俺の恰好かっこうどう思う?」


完璧かんぺきですよ。どこからどう見てもこの世界の一般庶民にしか見えません。私はどうです? 貴族にはどう見ても見えないでしょう?」


「俺に聞かれてもわからないって。でもまあ、服のクオリティが落ちてるし、サツキが大丈夫って思えるなら大丈夫なんじゃないのか?」


「そうですね。服を用意してくれた侍女じじょ太鼓判たいこばんを押しています」

「そうか。ところでアレクの恰好だけど……」


「………………はい」

「………………エッチすぎない?」

「エッチじゃない!」


 街娘まちむすめの恰好をしたサツキの横――女性用修道服シスターローブに身をつつんだアレクが遺憾の声を上げた。


「いやこれ絶対王族とかそういうことじゃなく注目ちゅうもく浴びるって。身体のライン出まくってるからある意味下着よりエロいわ。他の服なかったの?」


「アレク様のスタイルが予想以上によろしかったようで……女性用の服が全然入らなかったんです……」


「背、高いもんなあ……男物はダメだったの?」

「普段男装されているため、男物だと襲撃しゅうげきリスクが上がるので着せるわけには……」


「向こうはアレクを男だと思っているもんなあ」

「ええ、なので本来の性別の服で変装してもらおうとしたんですけど、普通の服は着れなくて……」


「それである程度体型に関係なく着れる修道服しゅうどうふくってわけか」

「はい、でもこれは……さすがに……」


「エッチじゃない! 大体、この服は神につかえるためのものだろう! そのような目で見られるはずあるものか!」


 あります。

 っていうか神に仕える云々うんぬん言ってその服を決めたのは人間です。


 昔の宗教しゅうきょう関係のおえらいさんが、神様をダシにして公然こうぜんと女性にエロい恰好をさせたのが今になっても続いているという事実を箱入り息子お嬢のアレクは知らなかった。


「とにかく、私も行くぞ。今さら連れて行かないとか言われても聞けないからな!」


 二人は説得せっとくを諦め城の裏口から出る。


 後日、ものすごい美人で背の高いエッチな感じの修道女シスターうわさが街をめぐり、一目会って口説くどこうと教会に人が殺到さっとうすることになるのだが、この時の三人は夢にも思わなかった。




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 ファンタジー世界のシスターの恰好が大好きです。

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