第二話 呪いの思い

「今日から進路相談だ、全員時間はちゃんと把握しておくように」

 担任の先生がそう言った。俺は進路相談用のプリントをまだ書いていなかった、ある二つで悩んでいたからだ。

「平一、プリント書いたか?」

「すいませんまだです」

 朝のホームルーム後に、担任が話しかけてきた。担任は同じプリントをもう一枚出してきた。

「迷ってるなら二つ書いてもいいぞ、特別に許可する」

「いいんですか?」

「ああ、相談しやすいよう平一の後に時間はあけとくからな」

「はい、ありがとうございます」

 そう言って先生は教室を後にした。

「平一まだ決めてなかったのか?」

 和樹が話しかけてきた。

「ああ、ずっと迷ってる」

「どうすんだよ、お前のことだし、何も考えてないわけがない、相談なら乗るぜ」

「実は……」

 俺は和樹に自分の将来について話した。

「意外だな、最初に話したやつはなんとなくわかってたけど、今話したやつは想像もできなかった」

「まあだろうね、俺もまだどうかと思ってるよ」

「ふーん、それ優先輩に相談したら?」

「なんで?」

「似たような夢持ってるんだし、相談してみる価値はあるよ、実際優先輩は実現の手前まで来てるんだから」

「確かに、今日の部活中に聞いてみるか」

 もうしばらく話していると授業が始まった。


 その日の午後四時半、平一の隣のクラスでは沙希の進路相談が始まっていた。

「沙希さん、これは本気ですか?」

「はい、変えるつもりはありません」

 沙希の将来に対して、先生は反対していた。

「前は、美容学校じゃありませんでしたか?」

「はい」

「……沙希さん、先生は生徒の夢を壊すようなことは言いませんが、生徒の安全のためなら何でもします、それを考慮したうえで私の話を聞いてください」

「はい」

 先生には沙希の目から、覚悟は本当だということを理解した。

「では言いますね、沙希さんがこの高校に行くには座学しかありません、それも今の沙希さんでは少々力不足です」

「はい、承知の上です」

「ですがこの理由には納得できません」

 進路相談のプリントには『好きな人の隣にいるため』と書いてあった。

「普通そう思っていても書かないでしょう、正直こんな理由ならもっと確実な道を選んでいただきたい」

 それに対して沙希は、息をのんでから。

「実は……自分の中でもこれでいいのかなっていう悩みがありました、そこで、進路相談プリントにこう書くことで先生に止められると、気持ちが揺らぐのか確かめたかったんです」

「それで、どうでした」

「大丈夫みたいです、自分でも驚くぐらい覚悟ができてたみたいです」

 そう聞いた先生は安心したような顔をして、沙希に。

「わかった、まあまだ一年以上あるんだ頑張れば沙希さんならいけるよ」

「はい、ありがとうございます」

 そうして沙希の進路相談は終わった。荷物を持って教室を出て、誰もいない廊下をしばらく進むと。

「はぁ、緊張したぁ、……よし気合い入れてくぞ」

 沙希は自分の思いを再認識して安心して、自分に活を入れた。


 同時刻、学校のグラウンドでサッカー部と野球部が練習をしていた。

「優先輩」

 俺は休憩中に、優先輩に話しかけた。

「なんだ平一」

「実はちょっと相談したいことが」

「いいぞちょっとあっち行くか」

 優先輩はつい先週の沙希の話だと思ったのか、場所を変えようとした。

「あ、大丈夫です、たぶんその件じゃないので」

「お、そうか、恥ずかしいな、で何の用だ」

「実は進路について」

 そういうと優先輩は首を傾げて。

「進路の話を俺にするのか?先生でなく」

「はい、実は行く高校に迷ってまして」

「どこに行くんだ?」

「識葉高校と、東京球技協会学校です」

 優先輩は声も出さずに驚いた。

「平一、先に聞くが、将来はプロサッカー選手か?」

「はい」

「俺とおんなじか」

「だから相談に乗りました」

「なるほどな、東京球技ねぇ、あそこってほとんど推薦しか合格しないぞ。……ここはきっぱり言うぞ、俺は推薦来たけど、正直平一に推薦が来るとは思わない」

 そう言われて少し落ち込んだ。

「やっぱりそうですよね、いやまぁわかっちゃいたんですが」

「でも過去に一般入試で合格した人もちらほらいる、だから頑張ればワンチャンあるぞ」

 そう言われて元気が出た。

「そうなんですか?!じゃあ」

「でも先に聞く」

 優先輩は俺の話を遮った。

「平一は俺に勝ちたいか?」

 俺は瞬時に。

「はい、もちろんです」

 そう答えた、すると優先輩は。

「じゃあ俺とは別の高校にすべきだ、平一の言った織葉高校と東京球技は、波はあるがまぁ同じレベルだ。だが、さっきの返事を聞いた感じ、平一なら俺がいなくても強くなろうとするはずだ。そうだろ」

「はい!もちろんです!」

「なら、俺のチームに勝ちに来い、本気で強くなりたいなら同じ奴のいるところじゃなくて新しい環境に行くべきだ」

「そういうことですね。ほんとは同じチームでCF採られるのが怖いんでしょ」

「んなわけねえだろ、俺は平一をライバルだと思ってる、二つの意味でな」

 優先輩はそういった。俺は恋敵として見られていることも理解した。

「先輩がライバルでよかったです」

 先輩はまたも首をかしげた。

「俺には先輩しか相手になりませんよ」

「……ふっ、知らぬ間に随分調子に乗るようになったな平一、まぁ事実だしな、負けねえぞ」

「望むところです、ですがもう一つ相談したいことがありまして」

「それは?」

「実はぁ……」

 俺はもう一つの夢を優先輩に語った。先輩の答えは。

「そりゃ両立は難しいな、というか不可能だろ」

「そうですよね、正直馬鹿らしいと思ってます」

 そういうと優先輩は少し考えるそぶりを見せた後。

「俺的にはサッカーを頑張ってほしい。この部活の大会メンバーはほとんどが三年で、二年でやってる奴なんか三人しかいない、しかも平一はスターティングメンバーだからいろんな奴から  期待されてる。今ここで決めなくてもいいが、中学のうちはサッカーに全力で取り組んでほしいかな」

 そういわれた俺はすこしとまどったが。

「ありがとうございます、とりあえず決心はできました」

「おう、頑張れよ」

「はい」

 そう言って練習に戻った。


 三日後、午後五時、平一の進路相談が始まった。

「やっぱりサッカー選手ねぇ、こんなに大きな夢だと先生何も言えないや、志望校も全然いけるレベルだと思うしね」

「はい、ありがとうございます」

 俺は一つのプリントには、将来はサッカー選手と書いていた。

「でも志望校はこっちなんだね」

 俺のプリントには、志望校の欄に織葉高校と書いてあった。

「織高にしたんだね、なんでか聞いていいかな?」

「はい、理由は主に二つですね。一つ目は優先輩です、俺は高校でも大学でもその先もサッカーがしたいです、強くなりたいんです。ですがいつまでも優先輩を追いかけていてはだめだと思ったんです」

 俺はこの三日間考えたいたことを話した。もちろんサッカーをする理由は、サッカーが好きだからだ、そして期待されていて、それに応えたいからだった。

「そうなんだね、少し雑談になるんだが、なぜサッカーを始めたんだい?」

 正直それについて言及してほしくなかった、だが今は三日間考え込んだせいか、様々な人からの期待を振り返ってしまったせいで話し始めてしまった。

「あれは、小学二年の頃でした」


 俺の家は周りと比べて貧乏で、両親にはものに興味を持たれないよう育てられました。もちろん両親も、そんな風に育てるのは苦しかったでしょう。

 うちの家庭では、二か月に一回ほどちょっとした贅沢をしに近くのラーメン屋に行くことがあるんです。僕が初めてラーメンを食べたのは、幼稚園の頃、おじいちゃんがやっていたラーメン屋でした。その時からラーメンが大好きになっていました。

 ある日、そのラーメンを食べに行きました。その時が小学二年生の頃ですね。その時間は見たこともないぐらい繁盛してました。店が繁盛していたのは、店の壁に立てかけられているテレビで世界ワールドカップの試合の生中継がやっていたからでした。その時はサッカーをする選手たちが、楽しそうにそして全力でサッカーをする姿に見惚れていました。

 俺はラーメンを食べる手を止め、そのテレビに夢中になってました。途中で父親にラーメンを食べなさいと怒られて我に返り、周りを見渡しました。周りには、酒を仰いで応援をする男性、わざわざユニフォームと同じデザインの服を着たカップル、テレビを見ながら俺に気を配る両親。

 ここには人の数だけ人生があるのに、今この瞬間は全員が『幸せ』そうな顔をしていました。日本の選手がゴールを決めると、その場の全員が歓喜しました、僕の両親も。貧乏な家庭の俺でも幸せになれる、幸せにさせられる、そんなサッカーに憧れてサッカー選手になりたいと思いました。


「なるほどねぇ」

 先生がそう言った。

「じゃあ、こっちも同じような理由かな?」

「はい」

「いい夢じゃん、なら尚更、織葉高校の方がいいね、普通科の高校だし」

「そうですね、そのまま調理師学校にも進めますので」

「とりあえずはそれでいいんじゃない?まだ2年で決まったわけじゃないし」

 もう一つの進路相談のプリントには『ラーメン屋』と書いてあった。


「ただいまぁー」

 俺は家に帰って来て、玄関で靴を脱ごうとしたその時。

「平一!遅いぞ!」

 父さんがすごい形相で玄関に走ってきた。

「どうしたの父さん?」

「今すぐ出かけるぞ!親父が!」

 父さんはひどく慌てていた。

「おじいちゃんに何かあったの!?」

 父は俺の前で止まり、一呼吸してから。

「仕事中に倒れたんだ、ラーメン屋は一番弟子が対応してる、親父は今病院に急患された、母さんはもう病院にいる。お前が来たらすぐに行くって言ってたんだが、お前今日遅かったから!」

 怒るように言ってきたので、俺も少しキレ気味に。

「今日は進路相談で遅くなるって言ったじゃん!」

 そう返した。

「だとしてもこんな遅くなるか?!もう六時だぞ!」

「ごめんて!とりあえずすぐ行くよ!」

 そう言って、俺と父さんはおじいちゃんのいる病院へ向かった。うちには車がないので父と二人で走っていった。

 走っている途中で信号につかまり父親が。

「なんで連絡しなかった」

「連絡なんてできないよ、学校はスマホ持っていけないし」

「学校の電話貸してもらえばいいだろう」

 俺は、父さんがまた同じことを聞いてきたので、あきれて。

「だからどうしようもないって、なんでわかんないの?」

「親父の容体が悪いのは前から分かってただろう、気にしてやれよ」

 いつまでも、つかかってくる父さんに嫌気がさし。

「だから無理だって言ってるだろ!お前だって俺を待たずにいけばよかったじゃねえか」

「お前病院の場所わかんないだろ!」

「書置きの一つでもしとけばよかったじゃん」

 すると父さんが。

「そうやって昔から何でもかんでも反発しやがって!それが格好いいと思ってんのか!?」

「それどころじゃないだろ!置いてくからな!」

 もう父さんとは話したくないと思い、信号が青になった瞬間に猛ダッシュをした。

「おい待て!病院の場所わかんないだろ!」

「わかるわ!いつまでもガキ扱いすんな!」

 現役サッカー部の走力に、中年の男がかなうわけがなかった。

 俺はそのまま病院へ到着し、受付のナースにおじいちゃんの名前を言い、部屋の番号を聞きすぐにその病室に向かった。

 

「はぁ、はぁ、おじいちゃん!」

 病室につくと、そこには母さんと、ベットの上で寝ている、数本の管につながれたおじいちゃんがいた。

「平一、お父さんは?」

「途中で置いてきた、俺のほうが走るの早いし」

「そう……、おじいちゃん心臓発作だって、お医者さんも、もう間に合わないって言ってた」

 母さんはそういった。母さんは昔から無気力な人で、今でも涙一つこぼれてなかった。俺はおじいちゃんの弱弱しい姿を見て、涙があふれてきていた。

「……平一?平一がそこにいるのか?」

 おじいちゃんが弱弱しい声で言った。

「うん!いるよおじいちゃん!」

 俺はおじいちゃんが聞こえるように大声で語りかけた。

「お父さんはいるか?」

 おじいちゃんは自分の息子である父さんがいるかを確認した。首を遅く振り周りを確認すると、おじいちゃんは布団の中から一枚の紙を出した。それを俺に差し出しておじいちゃんは最後の力を振り絞って話し始めた。

「平一、俺の息子が迷惑かけたな……お母さんもよくあの子に嫁いでくれたものだ。あいつは昔から口先だけはうまくて怒りっぽくて、よく手を焼いたものだ」

 おじいちゃんは重い体を起こしてベットに座り、俺の目を見て話し始めた。

「平一……お前は息子とは違って素直で、優しくて、大人びていて、ばあさんによく似たものだ」

「おじいちゃん」

 俺の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

「平一……俺は、夢をかなえられんかった、昔一度しか食べることのできなかった師匠の味を再現したくて、ずっとラーメンに打ち込んできた」

 そう言っておじいちゃんは、渡した紙をひろげて見せた、そこにはラーメンのレシピが書いてあった。

「あのバカ息子じゃあだめだ、絶対に自分の都合で蔑ろにしちまう。だから平一に頼みたいんだ、もちろん強制なんてしない、でも平一ならきっと諦めない」

 俺は膝をついた、おじいちゃんは覚悟ができてるのに、俺は受け入れられなかった。

「おじいちゃん……でも、俺」

「平一がサッカーをしたいのは知ってる、おじいちゃんはね、託したんじゃない、諦めてほしくないんだ。頑張り続ける平一をおじいちゃんは応援し続けるよ」

 そう言っておじいちゃんは布団に戻り、大きく深呼吸をした。

「ピー」

 機械音が聞こえた。おじいちゃんは息を引き取った。


 一週間後、俺はおじいちゃんのラーメン屋に来ていた。ラーメン屋には一人の弟子が仕込みをしていた。

「俺は、師匠の跡取りはしないぞ」

「え?」

 弟子はそういうと、おじいちゃんが使っていた前掛けを俺に手渡した。

「バイトしろ、たまにでいい。……俺だったら自分で作った店は家族に託したい」

 弟子はそういい厨房に戻った。

「お前がここで働くまでここを守ってやる。これはあんたのためじゃない、師匠の思いを途絶えさせないためだ、お前がその思いを受け取りに来い」

 そう言われて俺は涙があふれてきた。おじいちゃんは厳しかったのに、弟子……お弟子さんはずっとついてきてくれてたんだ。俺はその思いを無駄にはできないと思い。

「はい、任せてください」

 俺はそう言った、すると俺の前にラーメンが一つ出てきた。

「食え」

 俺は割り箸を手に取り、手を合わせた。

「いただきます」

 俺はそのラーメンを存分に味わった、おじいちゃんの気持ちと、お弟子さんの気持ちを受け入れるように、汁まで飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る