第8話
病院からの帰り道、俺たちは全員無言だった。
とりあえず家に帰るつもりで車に乗り込んだけれど、気まずい空気は変わらない。
俺の車の助手席には藤くんが座った。
正確には、ヒロと秀ちゃんに押し込まれてた。
(この二人はヒロの車ね)
要は「話し合え」って意味の、無言の圧力だろう。
そうだよな。こんな宙ぶらりんのままじゃまずいよな。
『藤くん』
「ん?」
『俺んちでいい?』
「…うん」
最小限の言葉をかわすと、あとは沈黙に身を委ねた。
音楽もラジオもつけず、雨模様のフロントガラスに時おりワイパーを走らせる。
カーナビだけが抑揚のないを上げ続けて、それがひどく滑稽に思えた。
家に着くと、リビングのソファに座った。
いつもだったら藤くんの方からくっついてくるのに、今あいてるこの微妙な間は何だろうね。
『えっと…』
「………」
『…ごめん』
「何が?」
『子供とかいきなり言ってごめん。ていうか、女でごめん。けど俺は産みたくて、けど俺一人じゃ…』
だいぶテンパって、そんなことを口走った。
そしたら、藤くんが困惑したような顔になった。
「謝ることじゃねーじゃん」
『でも』
「ごめんとかいいから。そうじゃなくて」
『?』
「俺が聞きたいのは…」
そこで言葉が途切れ、両肩をがしっと掴まれた。
え?と思う間もなくソファに背中がつく。
キスされて、服を脱がされそうになって、そこで初めて抵抗することを思いだした。
でも俺の動きより、藤くんの方が速かった。
『や…めっ、』
「やめねぇよ」
手首を持ち上げられ、なめらかな手つきで拘束される。
『藤くん!』
「……」
『ちょ、やめて!やめろよマジで!子供に…赤ちゃんに何かあったらどうすんだよ!』
「うるせぇ!!」
響く大声。
ビクッと体を震わせる俺と、床に落ちるクッション。
藤くんの瞳にさす低い光を見て、俺は自分の間違いを悟った。
―――あぁ、さっきのは困った顔じゃなかったんだね。
俺の両目を覆う左手から嫉妬が伝わってくる。
あふれる独占欲。
雨音が遠い。
閉め切った部屋に、息づかいだけが満ちていく。
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