父親という存在
春風秋雄
隣の部屋から子供の夜泣きが聞こえる
今夜も隣の部屋から赤ちゃんの泣き声が聞こえる。時計を見ると夜中の0時を過ぎていた。赤ん坊の夜泣きは仕方ないと思いながらも、明日も仕事が早いのにと思わずにはいられない。しかし子育ての大変さはわかるので、苦情を言いに行くわけにもいかず、まあ、仕方ないかと思うしかない。
お隣さんは盛山さんというシングルマザーの親子だった。どういう事情で旦那さんがいないのかは知らない。お子さんはまだ生後6か月ぐらいだったと思う。盛山さん親子は俺が2か月前にこのマンションに引っ越してきたときには、すでにここに住んでいた。俺は会社の事務所を移転し、以前住んでいたところでは通勤が不便だったので引っ越すことにし、職場から近かったのでここを選んだが、不動産屋から隣に小さいお子さんがいるので、多少うるさいかもしれないと聞かされてはいたが、まさか夜泣きのことだとは思わなかった。
引っ越しの日に挨拶に伺うと、盛山さんは赤ん坊を抱えて玄関を開けてくれた。かわいらしい赤ちゃんだった。女の子とのことで、名前は久留美ちゃんというらしい。盛山さんは現在育児休業中らしく、仕事には出ていないということだった。今は育児休業給付金もあるので、母子家庭としては助かるだろう。それより、盛山さんは若くて美人だったので、何かを期待するわけではないが、そんな人が隣に住んでいるというだけで心が弾んだのは、俺もやっぱり男だと思わずにはいられなかった。
俺の名前は大見涼平。35歳のバツイチ独身だ。日本製の中古車や中古の介護ベッド等を東南アジアへ輸出する会社を経営している。10年ほど前に1度結婚をし、長男の勇人が生まれた。しかし、勇人が2歳になった頃、俺の海外出張が増え、家を空けることが多くなり、妻は他に男を作り離婚した。勇人の親権は妻に渡り、勇人は妻と一緒に出て行った。勇人はもう小学生になっている。俺の実家は福岡で鉄工所をしている。親父は俺に会社を継がせるつもりで、経営の勉強をさせるために東京の大学へ行かせてくれた。しかし、大学を卒業しても俺は実家には帰らなかった。俺は海外と取引する仕事がしたかった。親父とは喧嘩になった。それ以来実家には帰っていない。結婚式も挙げなかったので親父とは何年も会っていない。お袋とはたまに電話もするし、親父にどう言っているのかわからないが、1年に1回くらいは東京に来て俺の部屋に泊まって帰る。勇人が生まれた時は本当に喜んで孫を抱いてくれた。離婚したと電話したときは、お袋は寂しそうに「そうね」と言ったきりだった。
会社は順調で、年商は数億になっている。今では従業員30名ほどの、ちょっとした会社だ。経済誌の企画で成長企業の社長インタビューを受け、それが写真入りで掲載されたこともある。
休みの日の昼間、外に出ようとしたら、お隣の盛山さんが久留美ちゃんを抱っこ紐で抱っこし、両手に大きな買い物袋を下げて帰ってくるところだった。あまりにも重そうだったので俺は近寄って声をかけた。
「荷物持つの、手伝いましょうか」
俺はそう言って強引に荷物を持った。
「ありがとうございます」
「久留美ちゃんを抱いて買い物は大変ですよね」
「この子もだんだん重くなってきて」
盛山さんは息を切らしながらそう言った。
このマンションから一番近いスーパーまで、歩いて10分はかかる。これだけ重い荷物を持って歩くのは大変だったろう。
「車には乗られないのですか?」
「免許は持っているのですが、車がないのです」
「これだけの荷物、まとめ買いですか?」
「ほとんどが久留美の物です。買い物の度に久留美を連れて出なければならないので、ついついまとめ買いをしてしまうのです」
「日曜日の昼間なら私も家にいることが多いですから、私がいるときであれば車を出しますよ」
「本当ですか?そうして頂けると助かります。じゃあ、今度買い物に行くときは、大見さんの部屋をピンポンしてみますね」
「ええ、遠慮なく。ただし、出張でいないときもありますから、そのときはあしからず」
「こちらがお願いする立場ですから、いらっしゃればラッキーだと思うことにしますから、大丈夫です」
部屋まで荷物を持って行ってあげて、俺はそのまま外出した。
翌週の日曜日の午前中に、部屋の呼び鈴がなった。モニターを見ると盛山さんだった。
「すみません。今日買い物に行こうと思っているのですけど、車を出して頂くことは可能でしょうか?」
「大丈夫ですよ。準備しますので、準備出来次第おたくの呼び鈴を鳴らします」
俺はそう言って慌てて着替えをした。
車で近くのスーパーまで盛山さんを連れていき、早速盛山さんは買い物カートを押しながら買い物を始める。先に久留美ちゃんのオムツとミルク、おしりふき等を買い込み、そのあと食品コーナーへ行く。野菜を買い、魚の干物、そして精肉コーナーへ行くと、盛山さんは鶏肉と豚肉しか見ない。牛肉は苦手なのかなと思い聞くと、「牛肉は高いから」という答えが返ってきた。豚肉も安い“豚こま”、鶏肉は“もも肉”より安い“ささみ肉”を買っていた。いくら育児休業給付金をもらっているとはいえ、働いていたときの手取りの8割くらいしかもらえない。法改正でもう少しすると率は良くなるとは聞いているが、いずれにしても盛山さん一人の所得で久留美ちゃんを養っていくのは大変なのだろう。今は育児休業給付金をもらって日中久留美ちゃんの面倒をみられているから良いが、育児休業が終わったらどうするのだろう?保育所にでも預けて働くしかない。保育料もばかにならないだろう。母子家庭の場合、児童扶養手当などの援助もあるとはいっても、現状の支援制度だけではシングルマザーが生活していくのは大変困難なことであることは間違いない。
買い物が終わってマンションに戻った時、俺はスマホの連絡先を教え、前もって連絡もらえば買い物のために予定を空けておくと伝えた。
東南アジアへの出張の前日に、俺はデパートの食品売り場で牛肉を買い、贈答用に包んでもらった。家に帰り、隣の呼び鈴を鳴らす。
「大見さん、どうなされたのですか?」
「取引先から牛肉をもらったのですが、明日から海外へ出張なのです。冷凍しようかとも思ったのですが、冷凍庫が一杯で入らないので、良かったら盛山さん、食べてもらえませんか?」
「いいのですか?」
「腐らせてしまっては頂いた人に申し訳ないですから」
「じゃあ、遠慮なく頂きます」
盛山さんは嬉しそうに受け取ってくれた。
数日後、出張から帰ると盛山さんが俺の部屋の呼び鈴を鳴らした。
「この前は牛肉ありがとうございました。あんな高級な肉、初めて食べました。美味しかったです」
「そうですか、それは良かったです。時々取引先から色々なものをもらうのですが、私一人では食べきれなくて、社員に分けるほどの量もないし、よかったらこれからも、私が食べきれない分はもらってください」
「本当ですか?嬉しいです」
俺はそれから、変に思われない程度の頻度でデパートや専門店に行っては肉や果物を買って贈答用に包んでもらって持って行ったり、有名な精肉店に行って、1キロくらい牛肉を買って、家に帰ってからわざわざそれを半分に分けて「お裾分け」と言って渡したりした。
ある日の夜8時ころ、俺はまだ会社にいたが、盛山さんから電話がきた。
「すみません。まだお仕事中ですか?」
「どうしました?」
「久留美が熱を出して、病院へ連れていきたいのですが、車を出してもらうことってできますか?」
「わかりました。20分ほどで帰りますので、この時間でも受け付けてくれる病院を調べておいてください」
俺がマンションに帰ると、盛山さんは今にも泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫です。これくらいの子はよく熱を出すことはありますから、心配することはないと思いますよ」
俺はそう言って盛山さんが調べておいてくれた病院へ車を走らせた。受診したところ、赤ちゃんにはよくある熱で、特に病気ということではないと言われ、安心して帰った。
帰りの車の中、ホッとした盛山さんが話しかけてきた。
「わざわざ車を出してもらって、ありがとうございました」
「気にすることではないですよ。子供が熱を出せば親として心配するのは当たり前です。周りに頼れる人がいないのは心細いですよね。私で良ければいつでも力になります」
「大見さんは独身ですよね?まわりに小さいお子さんとかいらっしゃったのですか?」
「私はバツイチです。子供もいました。今は別れた妻が引き取って会ってはいないですけど。うちの子も小さい頃はよく熱を出しました」
「そうだったのですか。経験者が近くにいると心強いです」
「まあ、育児は母親に任せていましたから、私はたまにオムツを替えたり、ミルクを作ったりする程度でしたけどね」
「すごい、オムツ交換もされていたのですか?」
「今どきの父親はみんなやっているみたいですよ」
「そうですか、私の場合は久留美が産まれたときから父親はいませんでしたから」
マンションに着いて、盛山さんはお茶でもと言って部屋にあげてくれた。それから盛山さんの話を聞いた。
久留美ちゃんの父親は妻帯者だったらしい。最初は知らずに付き合い、深い仲になってから結婚していることを告げられたということだ。妊娠したと告げたら、その男は堕してくれと言ったそうだ。その言葉を聞いて、もうこの人とはやっていけないと思った盛山さんは栃木の実家に助けを求めたが、事情を話すとお父さんはカンカンになって怒ったそうだ。「父親は誰だ」と問い詰めるお父さんの顔を見たら、何をしでかすかわからなかったので、絶対に相手の男のことは言えないと思ったそうだ。結局実家を頼れる雰囲気でもなく、独りで産む決心をしたが、幸い理解のある会社で、様々な制度を教えてもらい、育児休業も取らせてもらうことが出来たということだった。
「その後ご両親とは?」
「あれ以来会っていません。母はたまに連絡してきて、たまには実家に顔を出しなさいと言いますけど、父はあれだけ怒っていましたから、帰るに帰れないですね」
「そうですか。でも孫は可愛いと言いますから、孫の顔を見せてあげればお父さんの態度も変わるかもしれませんよ」
「どうでしょう?父は堕した方が良いと思っていたと思うので、久留美の顔を見たらまた怒りが再発するのではないでしょか」
まあ、人それぞれだから、盛山さんのお父さんがどういう反応を示すかはわからない。それより盛山さんの話を聞いていると、自分と似たような境遇だなと思った。俺の場合、息子が生まれた時に親父に抱かせてあげていたら、少しは関係を修復できただろうか。今となってはそれも叶わないことではあるが。
盛山さんは、俺がお裾分けした食材で色々料理を作って持ってきてくれるようになった。
「料理が上手ですね。どの料理もとても美味しかったです。今日も牛肉を持ってきました」
俺はそう言って牛肉を渡した。
「じゃあ、今日はこの肉ですき焼きにして、一緒に食べませんか?」
「いいですね。じゃあ、ビールを用意してきます」
俺は自分の部屋に戻ってビールを持ってきた。
家庭で食べるすき焼きは何年ぶりだろう。結婚しているときでも最後の方は食べた記憶がない。高級な店でのすき焼きも良いが、やはり家庭で食べるすき焼きが一番良い。
久留美ちゃんはいつの間にか大きくなった。抱っこされていてもじっとしていない。つかまり立ちもできるようになり、火を使っているそばでは目を離せない。準備が出来たところで、久留美ちゃんにはベビーサークルに入ってもらった。
肉もたくさん食べ、ビールで酔いが良い感じになったところで俺は聞いた。
「育児休業は1年で終わりにするのですか?条件が揃えば1年延長できると聞いたのですが」
「そうみたいですけど、あまり会社に迷惑をかけたくないので、1年で終了しようと思っています」
「じゃあ、その後は保育園ですか?」
「保育園に入れたら一番いいのですが、どこも空いてなくて、民間の託児所はどこも高くて、もっと安いところはないかと探しているところなんです」
聞くと保育園は月額2万5千円程度らしいが、民間の託児所だと3万~4万円するらしい。
「託児所のこともそうですけど、これから久留美が大きくなって、どんどんお金がかかるようになったら、本当にやっていけるのだろうかと、不安になってきます」
盛山さんはそう言って缶ビールをぐびっと飲んだ。
「私で出来ることがあれば、何でも言ってください。可能な限り力になりますから」
盛山さんがジッと俺の顔を見て言った。
「じゃあ、久留美のお父さんになってもらえませんか?」
「え?久留美ちゃんの父親にですか?」
「ダメですか?」
「気持ちはわかりますけど、それは久留美ちゃんのためだけに言っていますよね?そこに盛山さんの気持ちは入っていないのではないですか?」
「それではダメですか?今の私には久留美がすべてです。久留美が幸せになるなら、私のことは二の次三の次です」
「私が久留美ちゃんのお父さんになるということは、盛山さんと夫婦になるということです。盛山さんは久留美ちゃんの幸せのためなら、好きでもない私に抱かれるということですか?」
俺がそう言うと、盛山さんは黙り込んだ。
「そして、そこには私が盛山さんに対してどう思っているかという私の気持ちは入っていませんよね?」
盛山さんは下を向いて黙り込んでしまった。そして、しばらくしてから、か細い声で言った。
「ごめんなさい。さっきの話は忘れてください」
「私は盛山さんに対して好意を持っています。そして久留美ちゃんも可愛いと思っています。しかし、私は一度結婚に失敗した男です。同じ失敗はしたくありません。愛情のないまま結婚して長く続けていける自信は、私にはないです」
俺はその日はそのまま自分の部屋に戻った。
翌日の夜、呼び鈴が鳴ってモニターを見ると盛山さんだった。
「ちょっとお話があるのですが、部屋にあげてもらえませんか?」
何だろうと思い、俺はドアを開けた。
「久留美ちゃんは?」
「今はぐっすりと寝ています」
「それで話とは?」
「昨日の話ですけど、大見さんは前の奥さんとのことがあるので、また婚姻が破綻するのではないかと心配されているのですよね?」
「まあ、そういうことです」
「私、大見さんのことは好きです。それが大見さんが言っている愛情かどうかはわかりません。ただ、私は大見さんと夫婦になって、大見さんに抱かれることは全然嫌ではないです。それより何より、私は大見さんの前の奥さんのように大見さんを裏切ることは絶対にしません。それだけは信用してください。それでも久留美の父親になってもらうことはダメですか?」
「盛山さん・・・」
「私の名前は鈴に美しいと書いて、鈴美(すずみ)といいます。苗字ではなくて、鈴美と呼んでください」
「美鈴さん、美鈴さんは本当にそれでいいのですね?」
「大見さん、私を寝室へ連れて行ってください」
そこまで言われては、密かに鈴美さんに好意を寄せていた俺としては抗えない。俺は鈴美さんを寝室へ連れて行った。
その日以来、鈴美さんは俺の部屋と自分の部屋を行ったり来たりするようになった。俺たちはお互いに部屋の合鍵を交換した。しかし、そんなことをするより、近いうちに広い部屋に移って一緒に住むようにしなければいけないなと考えていた。
「一緒に住む前に、俺は鈴美さんのご両親に挨拶に行こうと思っているんだけど」
一瞬だが鈴美さんが困った顔をした。
「私のスケジュールを渡しておくから、ご両親のご都合を聞いておいてくれるかな」
「わかった」
ご両親の都合を聞いて、俺たちは翌々週の土曜日に鈴美さんの実家へ行くことになった。前もって鈴美さんが俺に離婚歴があることも、実家とは疎遠になっているので俺の実家には行かないということも説明しておいてくれていた。一通りの堅苦しい挨拶が終わった後、ご両親が用意していた料理をご馳走になった。お父さんは久留美ちゃんを抱いてご機嫌だった。鈴美さんからはいまだに怒っているかもしれないと言われていたが、そんな様子もなかった。
「大見さん、世の中に自分の子供が可愛くない親なんていないでしょう?少なくとも私はそう思っている。こいつから結婚できない男の子供を身籠ったと聞いたときは、残念だがその子供は堕ろせという言葉が、本当にここまで出かかったんですよ」
お父さんはそう言いながら自分の喉を指した。
「そりゃあ、苦労するのは目に見えているからね。こいつにそんな苦労はさせたくないじゃないですか。でもね、天から授かった命を己の都合で奪ってしまっては申し訳ないと、言葉を飲み込んだのですよ。今こうやって久留美を抱いていると、あの時あんな言葉を吐かなくて、本当に良かったって思います。あんな言葉を吐いていたら、久留美に申し訳なくて顔を合わせられなかった。こうやって笑って抱くこともできなかった」
お父さんの言葉を聞きながら鈴美さんはハンカチで目頭を押さえている。
「大見さん、あなたもお父さんとは疎遠になっていると聞きました。何があったかは私にはわからない。しかし、あなたのお父さんも人の親ですよ。どんなに喧嘩をしても、いつまでも子供であるあなたのことを思っていると、私は思いますよ」
鈴美の実家へ行って1ヶ月ほどして、俺たちは引っ越しの準備をしていた。引っ越しと同時に籍を入れるつもりだった。お袋にはその旨電話で伝えてある。そんなとき、お袋から電話がかかってきた。父方の祖母が亡くなったということだ。お袋は弔電でも出しておきなさいと言って葬儀の日時と斎場を教えてくれた。祖母には俺が子供の頃に世話になっている。思い出もいっぱいあった。そのことを鈴美に言うと、葬儀に行こうと言い出した。
会社には事情を話し、福岡にホテルをとって、前日の通夜から出ようと、俺たち3人は飛行機に乗った。親父と顔を合わせるのは嫌だったが、通夜や葬儀でバタバタしているから、話すタイミングもないだろうと思った。福岡に着くと、ホテルにチェックインをし、喪服に着替えて斎場へむかった。斎場に着くと通夜の時間まで30分ほどある。どうしようかと思っていると鈴美がさっさと控室へ向かった。しかたなく俺もついていく。
「あれ?涼平ちゃん?」
声をかけてきたのは親父の妹さんの小枝子叔母さんだった。
「ご無沙汰しています」
「久しぶりだねぇ。兄さん、兄さん、自慢の息子が帰って来たよ!」
自慢の息子?
控室の中に入っていくと、ずらっと椅子に座っている皆の視線が俺に向く。そして皆口々に「本当だ。噂をすれば勝次さんの自慢の息子だ」と言っている。勝次は親父の名前だ。俺の噂をしていたのか?
小枝子叔母さんたちが俺たちに席を空けてくれて、座るように促す。俺たちが座ると小枝子叔母さんは畳みかけるように話しかけてきた。
「もう、勝次兄さんときたら、さっきから涼平ちゃんの自慢ばかりしとうとよ。雑誌にも写真入りで載ったんだって、わざわざ雑誌までもってきて」
ふと中央に座っている親父をみると、その手には数年前に俺のインタビューが掲載された雑誌を持っていた。何でそんなものを持っているんだよ?
「涼平、帰って来たんか」
親父が俺に声をかけてきた。
「何でそんな雑誌を持っているんだよ」
「お前が載っているからだろ」
「そんな何年も前の雑誌を皆に見せているのかよ?」
「だって、自慢したいじゃないか。これが俺の息子だってよ」
「俺のこと、怒ってないのか?」
「何で怒るんだよ?お前は俺なんかより立派になったじゃないか。怒る理由なんかないだろ?」
「父さん・・・」
「その子が久留美ちゃんか?ちょっと抱かせてくれよ」
親父はそう言って鈴美から久留美ちゃんを受け取った。
「俺は勇人君を抱いてやれなかったからな。久留美ちゃんはジイジが精いっぱい甘やかしてやるよ」
「父さん、ごめんな」
俺は思わず涙がこぼれた。
「何を謝っとる?今日は婆さんの通夜だ。涙は婆さんに流してやれ」
帰りの飛行機の中で鈴美が俺に言った。
「お父さんと仲直りできてよかったね」
「鈴美が葬儀に行こうと言ってくれたおかげだ」
「それは私も同じ。涼平さんが私の実家に挨拶に行くと言ってくれたおかげで、私もお父さんとのわだかまりがなくなった」
「俺、鈴美と出会って本当に良かった」
「それは私の方だよ。久留美のこともあるけど、私引っ越しの準備をしているとき見つけちゃったんだ」
「何を?」
「クレジットカードの明細。あの牛肉とか果物、取引先からもらったって言っていたけど、みんな涼平さんが自分で買ってたんだね」
失敗した。昔からの癖で、明細とか全部置いていたのを忘れていた。
「あれを見て私、有難いなと思った以上に、本当に涼平さんのこと好きになってしまったと思った。もう、絶対この人に一生ついて行こうと思った」
「あれ?明細を見る前はそう思っていなかったの?」
「もう、いいじゃない細かいことは。とにかく、私は涼平さんの奥さんになれるのが、とても幸せということ」
鈴美はそう言って俺の腕に自分の腕をからませてきた。俺はその腕の温かみを感じながら、「俺の方が幸せだよ」と心の中でつぶやいた。
父親という存在 春風秋雄 @hk76617661
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