わたしは黄泉の光に魅せられる
雪鳴 月彦
プロローグ
プロローグ
「……まただ」
うんざりと途方に暮れる気持ちに苛まれながら、わたしは大きく鼻でため息をついて、道路の脇に立ち尽くす。
左側へ目を向ければ、売地にでもなっているのか、雑草の生い茂る見慣れた空き地が視界に映る。
土地になんて全然興味がないため調べてみようと考えたことすら皆無だけれど、普通の一軒家を建てられるくらいの面積はあるだろう。
わたしが幼い頃から、ずっと空き地のままとなっている、謎の空間。
オレンジ色に染まる夕空の光を浴びて淡く輝く雑草を眺めながらもう一度だけため息をこぼし、わたしはポケットに入れていたスマホで時刻を確認した。
午後六時二十三分。
「またこの時間帯だ……。どうなってるんだろう?」
スマホから顔を上げ、人の気配が消え失せた路地をぐるりと見回し、わたしは一人呟く。
最初にこのおかしな事態へ陥ったのは、今からちょうど二週間前。
学校の授業が終わり、所属している手芸部の活動もそつなくこなして、いつも通りの時間にいつも通りの道を歩いて帰宅していたわたしは、どういうわけか道に迷ってしまった。
別に似たような通りが並ぶ複雑なエリアだとか、そういう場所ではない。
ぼーっとしていて、入る路地を間違えたとか、そういうミスをしているわけでもない。
それなのに、わたしは家の近所の、小さい頃から数えきれないくらい何度も行き来している場所で、途方に暮れてしまっているのだ。
ちゃんと家へ帰るための道順に進んでも、一つ隣の通りに出てしまい、自分の家へ通じる道だけが消失してしまっているかのような現象に襲われ、毎回一時間くらい途方に暮れながら歩き回ることを繰り返している。
逆に言えば、時間が経過さえすればまるで何事もなかったかのように、本来辿り着くべき道へ出ることができるため、永遠におかしな空間を彷徨うわけでないことだけは幸いと言える。
本当に、意味不明な謎現象。
最初は恐怖心や戸惑いも強く感じていたけれど、さすがに二週間も連続して体験していると憂鬱感の方が勝ってくるもので、今はもうほんの少しの心細さと面倒くさいなという気分に陥っているだけなのが、正直な気持ちではあった。
「……取りあえず、焦ってもどうしようもないからなぁ。また時間潰さなきゃ」
この謎現象――わたしは神隠しの縮小版みたいな感じがするから、勝手にプチ隠しと名付けているけれど――には一応時間が経過さえすれば抜け出せるというルールがある代わりに、それまでの間は何をどう足掻こうと全ては無意味な行為にしかならない。
ひょっとしたら、他のルールや自力で抜け出す手段や法則があるのかもしれないけれど、生憎わたしにはその方法がわからないしわかるための行動も思いつかないため、ここ一週間はひたすら暮れることのないオレンジ色の空を眺めて――本当に暮れないし、風もないのか雲も全く動かないのだ――適当に時間が過ぎるのに身を任せていた。
迷い込んだ時点でスマホの時間も停止してしまうため、正確に滞在している時間を把握することはできていないけれど、体感的に約一時間くらいで元の空間へ戻ることができる。
ここにはまず、人や動物は一切いない。風も吹かないし、音も自分が立てる物音以外は何も耳には届かない。
まるでバーチャル空間をリアルに引きずり出してきたかのようなこの不思議な場所で、毎日一時間の暇潰しをさせられるのはなかなかに容易なものではなかった。
「全部のものが静止しているのに、呼吸は普通にできるんだよね……何なんだろ? まぁ、できなかったら死んじゃうから助かるけど」
誰に聞かせるでもない独り言を呟きながら、わたしはただ立っているのも疲れてしまうため、適当に歩こうかなと右足を一歩踏み出した――その瞬間。
「――ふぅん。
「――っ!?」
聞き覚えのない男性の声が背後から響き、わたしは驚きで身体を強張らせるようにしながら振り返った。
わたしの立つ位置から、約五メートルほど離れた場所に、見知らぬ若い男の人が立っている。
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