第3話 コアラの餌


 そして、第二の問題が餌である。


 コアラの主食はユーカリである――先にわたしはこう申したが、厳密に言えば少し違う。


 コアラはユーカリの葉しか食べないのだ。

 しかもひとえに『ユーカリの葉』といってもコアラの好みがあるらしく、なんでもムシャムシャ食べてくれるわけではないようだ。しかも中途半端に地球遵守で、同じ『ユーカリ』といってもこの世界に六百種類あるらしい。


 さらにさらに、あらゆるユーカリを取り寄せてもらって、好みを見つけたとしても、可食部分が非常にシビア。新芽や若い葉しか食べないものだから、まじで金がかかる。少しでも成長した葉の部分がどんなに綺麗であっても、すぐに「ぺっ」としてしまうのだ。


「おまえの躾がなってないんじゃないのか?」


 ダメ元でカーライル殿下に相談したら、冷たく切り捨てられてしまった。

 あげく、この場所が食堂だったから、周囲の嘲笑付き。さらにわたしが下唇を噛んでだんまりしてたら、「これだから子どもは」と殿下にため息つかれる始末。


 だって口を開いたら、「四歳に優しくできないような十歳のお兄さんが、将来国を担うことできるんですかね~、あ、まわりの皆さんもそうですよ~。弱いやつ笑っているのが貴族の仕事だと思ってます?」とか、アラサーのわたしが言ってしまいそうだったんだもの。


 そんなことで四歳児のわたしが頭を抱えていたら、実家から『どうにかならないのか』という手紙が届いた。


 あれだ、授業に参加できていない旨も伝わっているのだ。

 せめて実技で大活躍していようものなら、金のある侯爵家だ、『餌代くらいいくらでも出してしんぜよう!』となろうものの、無能には一文も出したくない実業家気質な家門である。気持ちはよくわかる元経理の社畜OL。しかもこの親、わたしが魔力発現してからチヤホヤし始めたけど、元は妾の子だからと、両親ともに虐待寸前だったものね。わたしが転生に気が付いたのがこの二歳のときだったのもあって、記憶はおぼろげだが。


「だけどさぁ……わたしまだ、四歳なのですが?」


 はあ、詰んだ……。

 メンタルアラサーだから辛うじて許されるものの、まじもの四歳児相手に『どうにかならないのか』はないでしょうが。四歳児に生じた問題は、本人ではなく親がどうにかするものでしょう。しかも、メンタルアラサーでもどうにもできないコアラ飼育生活。


 すごい魔女になれたら、きっと一人でいなくていいと思ったんだけどな。

 家族も、友達も、なんなら恋人だって、作ってよくなると思ったんだけどな。


「あ、だめだ、泣きそう……」


 薄々気が付いていたことだが、メンタルつよつよでも、涙腺強度は四歳児。前世よりかなり涙もろくなってしまった。


 まあ、幸い一人部屋だし、いいか……と、今日も左腕に寝ているコアラをくっつけながら、夜にシクシクしていたときだった。


「あの……失礼してもいいですか?」


 トントンとノックされて聞こえた声は、優しい青年のものだった。

 誰だろう……と思いつつ鼻を啜っていると、扉がゆっくり開かれる。


 そこには教師用のローブを着たお兄さんが、片手を「やあ」とあげていた。


「あ、僕のことわかる? きみたちの実技授業も見ているし、召喚の儀も担当していた者なんだけど……」


 フードを目深にかぶっているから、やっぱり顔はわからない。

 でも柔和な話し方と手に持っていた葉っぱに、わたしの涙はすぐに引っ込んだ。


「ユーカリ!!」

「うん、知り合いの伝手で、格安で手に入ってね。いるかなーって」

「いります!」


 袋にやまほど入ったユーカリの柔らかそうな葉っぱ。これならコアラも喜んで食べそうだ。

 しかしわたしが手を伸ばすと、お兄さんが袋を引っ込める。


 あ、また涙腺が……。


 そんなわたしを見て、お兄さんの口が弧を描いた。


「代わりに……コアラ、撫でさせてもらっていいかな?」

「ぐすん……先生はコアラマニア、なんですか?」

「マニア……というのはよくわからないけど、見たことない使い魔に非常に興味があってね。餌の工面に協力するから、たまにコアラくんと交流させてもらえたらうれしいな」


 なるほど、召喚師が召喚獣に興味ないはずないものね。利害の一致。

 

「ずっと寝ててもよければ」


 今度こそ、わたしはユーカリの葉がたくさん入った袋を受け取る。


 結果、召喚師のお兄さんの口元は緩みっぱなしとなった。


「あ~、モフモフかわいいな~。このゆる~い顔もいいと思っていたんだよね。抱っこさせてもらいたいな~、あ、腕力つよ。起きているときにユーカリでつったら、僕にも抱っこさせてくれるかな? はあ~しゅきしゅき♡ 癒される~♡」


 やっぱりこいつ、ただのコアラマニアではなかろうか。

 しかし、モフモフは正義。放っておくとすぐゴアゴアしてしまうので、手入れには四歳児なりに力を入れている。そんな長い毛ではないけれど、密集されたもっふもっふも至高である。アニマルセラピーは異世界にも通用した。


「わたしのコアラ、かわいいもんね~」


 ちょっとした収穫に、思わずわたしの頬も緩む。

 どんなに癖のある子でも、自分のペットをかわいいと言ってもらえるのはうれしい。


 報われたような思いに、ちょっとだけ涙が出てきたのはナイショだ。


 ※


 そして、冒頭の婚約破棄である。

 わたしの浮気相手……もしかして、この先生のことだったりする?

 

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