第4話 コアラと決闘

 わたしの浮気相手(偽)である先生は、毎晩、新鮮なユーカリを持って部屋にやってくる。

 実際、隣の部屋の子から「最近夜、何しているの?」とか聞かれているのは事実である。ただ先生がコアラをスゥハァしているだけなんだけどね。断じて、わたしに対してではない。そこはすっごく大事。


 なので殿下にもご理解いただくべく、わたしは四歳児の口を懸命に動かす。


「殿下、勘違いです! 確かに毎晩男性を部屋に招きいれてますが、ただ先生から使い魔の餌をもらっているだけで――」

「その言い訳が本当なら、昼間にもらえばいいだろう!?」

「だって先生が日中は忙しいからって……」

「理由は結構! 不埒な言い訳など聞きたくない!」


 そんな、殺生な……。

 どうにか、殿下に話を聞いてもらわないと。


 せめてこの場に先生がいてくれれば話が早いのに、どうして今日に限って姿が見えないんだ。全生徒・教師参加のパーティーじゃないんだっけ?


 くそぉ、まともに動いて四歳児の口輪筋。静まれ心臓。

 学園中の関係者から注目を浴びて、殿下に怒鳴られて……涙腺まで緩んでしまう。


 わたしの目から、ひとしずくの涙が落ちたときだった。


「も”お」


 わたしの身体から何かがスッと減った感覚がした。直後、すぐそばから、何かが殿下を目がけて飛んでいく。風を切る音しか聴こえなかった。次の瞬間には、殿下の頬に赤い線ができていて。ころんと、絨毯の上に小石が転がり落ちる。


 ゾゾゾ、とわたしの背筋が凍る。

 もしかして、この魔法、わたしが使った……?


 正確には、わたしの使い魔であるコアラが勝手に魔法を使った!?


「コアラ!?」

「ぶふお」


 そういやコアラ、何で今日に限って起きてるの?

 そのドヤ顔はなに!? やっぱりあんたか! あんただよねえ!?


「ククク……ならば、いいだろう」


 殿下~、そんな悪役風に笑わないでください~。

 しかも着けていた白手袋を外して、床に叩きつける。


 あ、これ知ってる。なんかの漫画で読んだやつだ。


「決闘だ! もしオレが勝ったら、二度とその顔をオレに見せるな!」


 つまり婚約破棄はもちろん、社交界に一生出るなということですか?

 当然、この学園からも出て行けということだろう。


 あ、詰んだ……本当に詰んだ。

 入学して一か月の新米魔法使い同士とはいえ、殿下はさすが殿下。入学前からの勉強の成果もあって、すでに中学年の魔法まで修めているらしい。ただ授業で一年生は小石を飛ばす呪文以外、攻撃魔法の使用は不可。あとは徹底的に防御魔法を学ぶようにカリキュラムが組まれている。危ないからね。


 そんなルールがあれど、対するわたしは、今まで実技授業に一度も参加できていませんが!? コアラがずっと寝ていたせいで! しかもわたし、まだ四歳!


 だけど、そんな言い訳むなしく、わたしはグランドに連れられてきてしまった。

 わあ……ギャラリーがいっぱいだなぁ……グラウンドに入り切ってないや……。


 カーライル殿下が自信満々に手をポキポキ鳴らす。

 うわぁ、肩に載った黒猫ちゃんもかわいいなぁ。一生懸命、殿下にスリスリしている。殿下はわたしを睨んでばかりで、スルーしているけどね。もっと構ってあげればいいのに。


 対して、手のかかり具合なら、うちのコアラは負けていない!

 ほら、せめて仲いいアピールを……とコアラを撫でようとするも、ぷいっとそっぽ向かれてしまった。


 あーもう、今日もわたしのコアラはかわいいなー!!

 やけくそなわたしに、殿下が再び指をつきつけてくる。


「泣いて謝るなら、今のうちだぞ!」


 本当ですか!? 泣く泣く! 謝る謝る!!

 謝罪なら得意ですよ、前世社畜な派遣社員を舐めるな。


 と、美少女四歳児を生かしてかわいく『ごめんなしゃい……』をしようとしたときだった。


 おかしい……わたしの目の前で、グラウンドから浮かび上がった砂塵が形を成して、大岩が浮かび上がっている。ちなみに、わたしはもちろん魔法を使おうなんてしていない。


 わたしの左腕のコアラが「ふんす」と鼻息を荒くしている。


「だからコアラあああああああ!」

「慰謝料はいくらでもくれてやるっ!!」


 殿下が十歳のわりに太っ腹なことを叫べば、肩の猫ちゃんが「にゃおおおん」と吠える。するとカーライル殿下のまわりにいくつもの火球が生まれた。火球のいくつかはコアラの作った大岩が防いでくれるも、残った火球がわたしに迫る。


 あ、詰んだ……本当に詰んだ……。

 わたしは当然、防御魔法なんて使ったことがない。このまま黒焦げ四歳児の出来上がりだ。せめて、苦しくないといいな。なんて目を閉じてアーメンしていても、一向に熱くも寒くも痛くもならなかった。


 聞こえるのは、ギャラリーのざわめきだけ。

 おそるおそる目を開けると、目の前には薄緑の半透明な壁。

 その壁の前で火球がボゥボゥとうねっている。


「このバリア、もしかしてコアラ?」

「ぐも“」

「すごいね!?」

「ぶふっ」


 ――と、ここで終わればよかった。


 バリアに阻まれていた火球のうねる方向が逆回転しはじめる。

 そして、来た方へと跳ね返っていった。ぎょっとした殿下が動く前に、その肩に載った猫が自ら火球へと跳んでいく。


「調子乗りやがったなコアラあああああ!?」


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