魔術の正体
「あ、天井直ってる。床もだ。なんでー?」
『あいちゃん』と多脚兵器の戦闘など始めからなかったかのように、その痕跡は何一つ残っていなかった。
警戒しながら後ろを歩くとおこから、
「それは、そういうものではないのですか?」
「この世界じゃ、そういうものなのかなー? いつのかわからない八ツ橋も食べられたし」
さきほどの生八ツ橋は、丁寧に包装と梱包がされた土産品といった様子だった。
本来明記されているはずの期限表示はなく、いや、この世界にはそういったものがないのだろうか。
しかし、見るからに期限切れのような主張をされていれば、口にはしなかった。
まるで昨日今日作られたかのような――
「あい。ここからはまだ未踏の地です。集中してください」
そこまで考えたところで、とおこの呼びかけで現実に引き戻される。
遠距離からの狙撃を考慮して、帰りのルートは地下から迂回することになっていた。
「ごめんごめん、またとおこちゃんに悲しい顔させられないしね。うん、集中する!」
彼女たちは小型の飛行艦で、このエリアへと探索に来ていた。
近くのビルの屋上に着陸し、その場でステルス機能を使って待機させてある。
距離的には迂回することになってしまったが、いま二人が通っている地下通路を右に左にと駆け巡れば、そのままビルにつながっているのはありがたい。
地下資料室と違い地下通路は、地下とは思えないほど明るい場所だった。
「なんか静かだね。地下の中には多脚兵器とかいないのかな」
「そうですね。戦力は軒並み駅のほうに割かれているのかもしれませんね」
駅に到着するよりも前、『あいちゃん』ととおこは地上の最短経路を通っていたようで、駅に近づくにつれ、自律型兵器との会敵が多くなっていたと、記憶にも残っている。
「あのカードがそんなに重要ってことなのかな」
まだインストールしていない、例の絵本のカード。
インストールカードは、トレーディングカードのように、カード自身にイラストや説明が書かれているものはほとんどない。どちらかといえば、コンピュータのメモリーカードに近く、シンプルなデザインと名称のみが書かれているようなタイプが多い。
しかし、『ひとりきりのほし』はそのどちらでもなく、ただ闇のように真っ黒なカードだった。
地下通路を進んでいくと、横幅が広くなり、その両サイド一帯がショッピングモールになっていた。ただ、どの店もシャッターが降り、入店させてくれるところはなさそうだ。
最後の角を曲がる。
「あとはここを抜ければ、ビルに到着だねー」
遮蔽物のない開けた長い直線通路。
「これって……」
あいの脳裏に一つの考えがよぎる。
「……あの、とおこちゃん。ここってたぶんさ――」
映画やアニメ、ゲームならきっとここで――
ガガガッ――と鈍い駆動音が聞こえた。
左右のシャッターが開き始めたのだ。
二人のいる位置の左右を起点として、次々にシャッターが開いていく。
「走るよ!」「はい」
シャッターの裏に隠されていたのは、大量の自立型兵器だった。
銃器に脚を付けたようなものや、同じく銃器を装備したドローン兵器が蠢いている。
「大きいのはいないみたいだけど、立ち止まっちゃったら、かつて私たちだったものが辺り一面に散らばることになっちゃう!」
兵器たちが目標を定めたのか、銃撃の態勢に入る。
あいは思考する。自身に
――
世界は、入力に応じて出力を返す。
例えば、『火で紙を燃やす』という事象。
高温で高速の発熱反応を起こし、可燃物と支燃物の化学エネルギーが、熱と光のエネルギーに変換される――という出力が返ってくる。
だが、世界に存在する入力方法は、一つではない。
この世界に存在するありとあらゆるものは、世界と相互に干渉しあっている。
彼女たちの思考中枢も、現実に存在する事象と同じく、等しく世界とつながっている。
そこで、思考中枢において入力を偽装、あるいは代替することで、臨んだ出力を得る方法がある。
例えばこうだ。
現実世界に紙があった。
それをカメラで撮影し、素材として取り込んだ。
動画になったそれに、火の素材を追加し、紙に火を接触させる。
この経緯を知らない
この『紙が火と接触するまでの過程』を、入力として思考中枢で仮想的に動作させ、
それを観測者たる世界に観測させる。
すると、紙が燃えたという出力が返ってくる。
思考中枢で
現実世界に
これこそが、彼女たちが使う魔術の正体だ。
――
『物理障壁』は、魔術や光以外の、この世界のあらゆる事象に対する逆位相を返す空間を顕現させる。
不可視の物理障壁に触れた銃弾は、その速度の
障壁が、彼女たちを追う銃弾をせき止める。
しかし、
「もた、な、い――――!」
――仮想実行・魔術耐性大剣
物理障壁の処理限界を超え、銃弾が貫通してくる。
「とおこちゃん、隠れて!」
――事象具現
すんでのところで、大剣を壁にして直撃を免れる。
だが、物理に対しては耐性があるわけではない。大剣は長く持ちそうにない。
――仮想実行・隔壁生成/展開指定 5・4……
「あと3秒耐えてください。それが終わったら、後方に何かしらの壁をお願いします」
「おっ、けぃー!」
――……2・1 ――事象具現・波
二人の左右、すぐ隣の場所に金属材質のような壁が生えてくる。
――仮想実行・物理障壁 ――事象顕現・1s
破損してしまったため、再展開しても耐久は落ちている。
「一瞬だけもって……!」
物理障壁によって、わずかな時間をつくる。銃弾をそちらが受けてくれる。
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・1s
「でぇりゃぁあああああ――――!」
壁として使っていた大剣を振り上げ、力の限り床に叩きつけた。
与えられた衝撃が床を陥没させ、その余波で周囲が隆起する――即席の壁。
二人はビルへとつながる扉へ向け、再度疾走を開始する。
数秒立ち止まっていたせいで、すでに進行方向のシャッターは開いてしまっていたが、二人の動きに合わせて波のように生えては消える左右の金属壁が、露払いをしてくれる。
「いけるっ!」
二人は滑り込むように出口に突っ込んだ。
入ってきた扉を、とおこが隔壁によって塞ぐ。
しかし大量の銃撃の前には、それももって数秒だろう。
辺りを見回し、急いで屋上までの経路を確認する。
稼働していない可能性のあるエレベータは、選択肢から除外。それならば、階段で屋上へ。
「とおこちゃん、あっち!」
二人が階段へ着く頃には、隔壁が破られ大量のドローンが流れ込んできていた。
射程に入る秒読みが始まる。ならばそれよりも早く、
「ここからなら、全力出しても間に合うはず! ――とおこちゃん、つかまって!」
言い終わるが早いか、あいはとおこをお姫さま抱っこの形で抱え上げる。
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・5s
階下から踊り場までを軽々と一跳ね。
折り返して、二跳ねで一階層を跳ぶ。
急激な加速に体が軋む。
壊れるより前に、跳ね、跳ね跳ね、跳ね跳ね跳ね。
八階層を跳び抜けて、屋上へと到達する。
扉を蹴破り、一直線に小型艦のあるはずの場所へ。
――
「っ――――――――!?!?」
あいの身体強化はあくまで部分的・瞬間的な強化に過ぎず、自身の行動負荷に耐えられるものではない。
身体強化により強化中は形を保っていた骨格や筋繊維が、一度に、しかも大量に悲鳴を上げる。
「ぁっ、ぅ――――――!!!!」
対照的に痛みでまともに悲鳴も上げられないあいだったが、治療よりも先に脱出を、と目でとおこに訴えかける。
とおこもそれがわかっているのか、迷いなく発艦操作に移る。
「ステルス機能解除――――」
流線形の、翼のない銀色の物体――飛行艦が数歩先に現れる。
扉が開くと、とおこは急いで艦に乗り込み、あいも動かなくなった下半身を引きずりながら、這って乗り込もうと試みる。たった数歩の距離、しかしいまのあいには、それが果てしなく遠く感じられた。
階下からドローンの音が迫る。猶予はない。
「あい――」
発艦準備が完了したのか、とおこが艦外に出てあいに駆け寄り、肩を貸して艦内に運ぼうとする。
しかしこれでは……間に合わない。痛みに苛まれる中、そう判断したあいはとおこから腕を離した。
「行っ――――――――て!!」
一瞬躊躇のようなものが見えたとおこだったが、あいの言葉に従い、艦に乗り浮上を始める。
――ちゃんと飛べたね。よかった。
屋上に乗り込んできたドローン集団が、一斉にあいへと照準を定め、そして――
――もう足は使えないけど、私にはまだ――!
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・1s
腕の力だけで体を起こし、逆立ちの状態から――――跳ぶ!
あいのいた場所を銃弾が舞い、あいは上空、艦の扉へ――
「あい!」
跳んできたあいを、とおこは渾身の力で受け止め、艦内へ引きずり込んだ。
――ないす、きゃっち。
痛みに耐えきれなくなったあいの意識は、そこで途切れた。
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