拝啓、桜が散る頃に
@MYHOUSE
【優秀賞をいただきました】第1話
僕はバカだ。いつも下を向いて歩いているから、ふと桜の花びらが足元に舞ったとき、ようやく終わりかけの春を知る。そんなたいして目標も何も持たず、ただ生きてきた俺が初めて春の始まりを知ったきっかけは、君だった。
大人になったつもりだった大学2年の年。同じ学部の君を見つけた。たまたま人数の多くない学部だったから、すぐに喋ることができた。花のように上品で、可愛くて、よく笑う子だった。自分に自身が持てない僕に、少しずつ寄り添ってくれた。しばらくして、その子は俺の人生初の彼女になった。1年付き合って、小さなアパートで身を寄せ合って同棲を始めた。一緒に過ごしていくと、見えない部分も見えてくる。
何度もすれ違い、喧嘩もした。それでも反対方向を向き、同じベッドで寝て、同じ朝を迎えれば自然と隣りにいるのだ。当たり前になっている、お互いにそう思うとおかしくなって笑ってしまうことも少なくなかった。
付き合って5年くらい経った頃だろうか。4月のある日、彼女はいきなり僕の腕を引っ張って小さな公園に連れ出した。
「ほら、見てよ。春だよ。」
そう言って指を指したその先には、まだ咲き始めたばかりの桜の花があった。
桜の枝から差し込む細かい太陽の光がやけに眩しいけれど、その小さい花を僕は初めてまともに見上げた気がする。僕は初めて春の訪れを知った。君に教えてもらった。
そして僕は隣の君を見る。手を頭上にかざし、指の隙間から桜の花を楽しんでいる君の姿は、太陽と同じくらい眩しかった。
でも、多分その頃にはもうなんとなく気づいていたんだろう。彼女が明確な夢を持ちはじめたこと。そしてその夢を叶えるには、僕は重荷なんだということを。あの時の君の眩しさは多分、ただの太陽の光のせいだけじゃない。いつまでも枯れている僕とは違って、少しずつ芽を出している。花を咲かそうと、満開にしようとしている。そんな君を直視したくなかったんだ。
「別れよっか」
予想していた言葉が君の口から出たのは、確か桜が散り始めた頃だった。なんとなく、気づいて1人で考えていたからか、不思議と驚きはしなかった。彼女はこの小さな街を出て、大きな大きな都会へ1人で旅立つらしい。夢を叶えに、花を咲かせに行くのだ。
「わかった。」
僕は静かに言った。君の顔が一瞬曇ったのがわかった。当時の僕は、それがなぜか理解できなかった。自分から言いだしたんじゃないか。なんでそんな顔をするんだ。
それから彼女はアパートの荷物をまとめて、駅へと歩いていく。なぜか、歩くスピードはいつもよりゆっくりだった。途中であの公園を通った。桜はもう、緑の葉を出し始めていた。
「じゃ、ここでいいよ。」と彼女は駅について言った。僕は頷いた。
電車が来るまで、沈黙が続いた。そして、彼女が電車に乗るその瞬間、振り向いて僕にこう言ったのだ。
「いじわる」
その顔には、涙が浮かんでいた。今まで幾度か泣いている姿を見てきたが、初めて見る種類の涙だった。そして彼女は最後に「おどろいてやんの」と固まっていた僕に言うとくすっと笑って、泣き笑いの顔になった。
それが君との最後の思い出だ。
あれから8年がたった今になってようやくわかる。
彼女は、止めてほしかったんだ。不安でしょうがなかったんだ。僕との未来を、想像してくれていたんだ。僕が一言でも「行かないで」という意思をはっきりさせていたら、君のあの言葉も、涙も、最後に見なくてすんだかもしれないし、未来は変わっていたかもしれない。なのに強がって。平気なふりをして。
僕はバカだ。
拝啓、桜が散るころに。
普通手紙では、もっと良い始まり方をすると思いますが、残念ながら僕はこれしか思いつきませんでした。こんな始まり方をするのはきっと僕しかいないので、あえて宛名を書きません。
お元気ですか。今年も、僕は桜が散っていく様子を見て初めて春の終わりを知りました。僕だけ、あの頃と比べても何も変わっていなくて、成長していない気がします。
君は大きな夢を叶えたと風の噂で聞きました。あんな別れ方でしたが、これで良かったのでは、と今更ながら思います。不器用でごめん、とあの頃の君にたくさん謝りたいことがあります。それでも、桜は散ります。
さっき、成長していないと書きましたが、少しは成長している面も見つけました。
桜は、満開よりも散るときのほうが儚く、美しいんだと気が付きました。
僕に一瞬でも春を教えてくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。
僕は、幸せでした。君は幸せでいてくれましたか?
現在も、その幸せが咲き続けることを願って。
最後に、結婚おめでとう。
敬具
拝啓、桜が散る頃に @MYHOUSE
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