鋒界 〈エッジ・ブレイク〉
雪沢 凛
Phase 01: Initial Combat Evaluation
Log [01] : Entry_Point
「この一日は、試験のためでも、世界のためでもなかった。ただ、一振りの刃が、まだここにあっただけだ。」
───
廃高速道路の下を吹き抜ける風は、いつも鉄錆とコンクリートの砕けた匂いを運んでくる。
遠く崩れ落ちた高架橋は、まるで死んだ蛇のように空中で身をくねらせていた。
瓦礫の隙間を通り抜けるように、レーダーはすでに異常な脈動を捉えていた。
亀裂の発生──AIが予測した予定より2分13秒早かった。
耳元の通信機からは、機械音声が淡々と響く。
【第七区域・補修試験、間もなく開始】
【浄化対象:未知ランク 巨大変異蛇型体】
【試験モード:実戦・個人評価 制限時間:12分】
【受験者コード:No.2064-斎賀 凪斗】
彼は何も言わず、静かに息を吐く。
背に背負った双剣が、解除音とともにロックを外れる。
構造がスライドするたび、まるで野獣が喉奥で唸るような音が響き渡った──それが「
かつて母が遺した旧型の高周波エネルギー剣を、彼なりに手を加えたものだ。
もはや時代遅れ。最新の装備とは程遠い。
だが、彼の手にかかれば、それは既に殺しの芸術の一部と化していた。
地面が揺れる。
空気が震え、低く唸るような地鳴りが瓦礫の下から響き渡った。
亀裂から、トラックよりも太い蛇のような異形が瞬時に飛び出してきた。
その鱗は、まるで溶けたガラスのように紫の怪光を反射し、周囲に焦げた油と硫黄が混ざったような刺鼻な臭いを撒き散らしていた。
眼は無い。だが、熱を帯びた吐息が彼の頬をかすめ、ねっとりとした湿気とともに正確に彼を狙って突進してくる。
──うぜぇな。
凪斗の足が地を蹴った。
その瞬間、彼の姿は消えるように加速し、靴底がコンクリートを削る鋭い摩擦音が一瞬だけ空気を切り裂いた。
左の剣が蛇の首元を斜めに裂く。
刃が鱗を切り開くたび、熱を帯びたエネルギーブレードが金属と肉の焼ける臭いを放ち、赤黒い火花が飛び散った。
右の剣が顎下から深く突き刺さると、ぬるりとした感触が柄を伝い、低い振動音が骨を砕く衝撃とともに彼の手を震わせた。
一撃を放つと同時に、彼の身体はすでに敵の背を越え、背骨をなぎ払うように剣を振るった。
熱風が顔を叩き、斬撃のたびに爆ぜる閃光が視界を白く染めた。
体内でエネルギーブレードが火花を散らし、焼けた肉が溶けるようなジジッという音が耳にこびりつく。
斬撃の連打は、鋭く、速く、そして一切の無駄が無い。
三秒後──
蛇体は崩れ落ちた。
地面がひび割れ、衝撃波が走る。
凪斗は片膝をつき、両の剣を石の床に引きずるようにして止め、静かに折り畳んだ。
通信機から再び鋭いシステム音が割り込んだ。
【目標排除完了。試験時間:00:14.37】
【撃破記録:斎賀 凪斗】
【個人評価:S】
【現在の総スコア:668/1000】
彼は立ち上がり、服の埃を払う。
勝者の歓喜など、彼の顔には微塵も無い。
ただ、どうしても隠しきれない一つの感情──退屈だけがそこにあった。
……こいつら、やっぱりうるさすぎる。
突然、イヤホンから怒鳴り声が響いた。
機械音ではない、聞き慣れた怒りだ。
「貴様、その戦術はなんだ!? 完全に予定された戦術プランを無視してるだろうが!
このままじゃ補講すら受ける資格ないぞ!!」
また怒鳴っている。
凪斗はイヤホンを外し、冷ややかに呟いた。
「……予定より早く終わったんだ。悪くないだろ?」
砂塵舞う空域へと背を向けて歩き出す彼の足取りは、余裕すら感じさせるものだった。
まるで試験の参加者じゃなく、ただの見物人みたいに。
低く垂れた空。風の音に、剣と鋭気の残滓が混ざっていた。
───
休息区の仮設シェルターには、消毒薬と機械用潤滑油の匂いが充満していた。
数人の同期受験者たちが、ベンチに腰掛けて次の任務通知を待っていた。
凪斗がドアを開けて中に入った瞬間、それまでの会話がピタリと止む。
「……あいつが……」
「さっき、一人であの蛇を……マジかよ……」
「Bランク以上って言われてたやつだろ? AIまで警告出してたのに……」
凪斗は一切気にする様子もなく、彼らの前を通り過ぎた。
誰とも目を合わせず、まるでそこに人がいないかのように。
やがて、また小声の噂が戻ってくる。
だが、今度は少し違った色を帯びていた。
「元・有名な浄化官の息子だって聞いたけど……何か訳ありっぽいよな。」
「そりゃ……あんな目するわけだよ。試験受けに来たってより、何か発散しに来てんじゃね?」
彼は部屋の一番端、隅の椅子に腰を下ろし、静かに武器のエネルギーモジュールを調整していた。
そんな中、通信機から短いシグナル音が鳴り、無機質な女性の声が流れ始める。
「……コードH-07、あなたとの一時接続を開始します。」
凪斗は少し眉をひそめた。
「お前は……?」
「次の任務でのあなたのペアです。通信同期、完了。
三時間後、東側第九亀裂にて実戦ペア評価任務を行います。
任務コードはEX-02。期限内に準備を終えてください。」
「はぁ……自己紹介も無しかよ」と、凪斗がぼやく。
「不要です。今回の任務評価は、あなたが主フェーズに進めるかどうかに直結します。」
彼女の声はまるで機械のように冷たく淡々としていた。
「再試験を受けたくなければ、今度は勝手な行動を控えることですね。」
「……お前も教官の犬か?」
「いいえ、私も受験者。あなたと同じです。ただ──私は知っている。
この世界では、足を引っ張る馬鹿に二度目のチャンスはないって。」
凪斗はしばし沈黙した。そして、わずかに笑った。
それは、この試験が始まって以来、初めて浮かんだ冷たくない表情だった。
「……面白い。
じゃあ、どっちがどっちの足を引っ張るのか……見せてやろうじゃねぇか。」
イヤホン越しに、しばらく沈黙が流れる。
そして、彼女は再び一言だけ残して通信を切った。
「
名前、覚えといて。
死ぬときに、誰と組んでたかすら分からないのは、哀れだからね。」
───
基地の廊下は薄暗く、静まり返っていた。
床下のエネルギー軌道だけが、青白くゆらめいている。
凪斗は一人、自室へと戻っていく。
指先にはまだ、剣の柄の温もりが残っていた。
扉が閉まる。
彼は上着を脱ぎ、イヤホンを外し──
室内は、心音が聞こえるほど静かだった。
壁に、一枚の写真が掛けられている。
ぼやけた背景の中、長い髪の女性が幼い凪斗を抱き、穏やかで強い笑みを浮かべていた。
彼はその顔を見つめ、しばし動かず、そして──
静かに写真を裏返した。
「今のオレ、見たら呆れるだろうな、母さん。」
彼は低く、呟くように言った。
「でも……オレは、突破してみせる。」
───
三時間後、第九亀裂・東側にて──
評価任務 -[EX-02]開始。
ペアによる同期作戦、失敗=除名。
斎賀 凪斗、再び
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