『ヨガで整う、私の人生』
Algo Lighter アルゴライター
第1話 呼吸が浅いのは、心が詰まってるから
時計の針が23時を指そうとしていた。部屋の中には、仕事帰りにコンビニで買ったサラダとスープの匂いがほのかに漂っている。結月はソファに沈み込み、スマホを無造作にテーブルへ置いた。
「はぁ……」
長いため息が漏れる。今日は最悪な一日だった。
朝からミスを連発し、上司にはきつく叱られた。周囲の視線が痛かった。なんとか気を取り直そうとしたのに、午後も集中できず、また別のミスをしてしまった。同期の奈々から「大丈夫?」と気遣われるほど、顔に出ていたのかもしれない。
「なんで私ばっかり、こんなにうまくいかないんだろう……」
結月はソファに身を預けたまま、天井を見つめる。心臓がドクドクと波打つように鳴っているのがわかる。頭は重く、肩もガチガチにこわばっていた。まるで全身が緊張し続けているような感覚。
ふと、ヨガのレッスンが脳裏をよぎった。仕事帰りに通っているヨガスタジオ「ルナ」。明るくて穏やかなインストラクターの美月先生は、よく言っていた。
**「呼吸が浅いと、心も緊張しちゃうの。深く息を吸って、ゆっくり吐いてみて」**
そうだ。結月は意識して自分の呼吸を確認した。吸って、吐いて……いや、思ったより吸えていない。浅い、速い。まるで息が胸のあたりで止まってしまっているようだった。
ゆっくり、深く吸ってみる。
……苦しい。
肺が広がりきらない。途中で引っかかるような感覚があった。こんなに呼吸がうまくできないものだったっけ?
次のレッスンは明日だ。結月はカレンダーを見ながら、小さく頷いた。仕事の後、疲れていてもヨガに行くと少しだけ心が楽になる。美月先生に会ったら、もう少し深く息ができるようになるだろうか。
◆
翌日、仕事終わりにヨガスタジオへ向かうと、アロマの優しい香りが迎えてくれた。スタジオの柔らかな照明が、昼間のピリピリしたオフィスとはまるで別世界のように感じられる。
結月はマットの上に座り、ゆっくりと目を閉じた。レッスンが始まり、美月先生の落ち着いた声が響く。
「まずは、自分の呼吸を観察しましょう」
結月はそっと息を吸い込んだ。
やっぱり浅い。喉や胸がぎゅっと縮こまっている感じがする。
美月先生が、ゆっくりと言葉を続けた。
「呼吸が浅いと、心も緊張しやすくなります。反対に、心が緊張していると、呼吸は浅くなります。だから、意識して、深く息を吸ってみましょう。お腹までしっかりと」
お腹? 結月は戸惑いながらも、先生の言葉に従い、吸う息をお腹の奥まで届けるよう意識した。
……ほんの少しだけ、吸えた気がする。
「そう、いいですね。では、ゆっくりと長く吐きましょう」
結月は細く長く、息を吐き出す。途端に、肩の力が抜けた。肺の中の空気と一緒に、今日一日の張り詰めた感情が、少しずつ流れ出していくようだった。
**こんな簡単なことで、こんなに違うんだ。**
体が少し軽くなった気がした。
◆
レッスンが終わる頃には、結月の心の中はさっきより穏やかだった。ヨガマットを丸めながら、美月先生が微笑む。
「結月さん、呼吸、少し深くなりましたね」
ドキッとした。見透かされているようだった。
「えっと、そうですか……?」
「はい。最初は皆さん、呼吸が浅くなっていることに気づかないんです。でも、自分の呼吸を観察するだけでも、少しずつ変わっていきますよ」
美月先生の言葉が、じんわりと胸に染みる。
結月はスタジオを出ると、夜風を深く吸い込んでみた。
いつもより、少しだけ息がしやすい気がした。
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