思い出ファースト

すーぴーぱんだ

思い出ファースト

 2月中旬の、ある晴れた日曜の午前8時。

 私、藤井美月(ふじいみづき)は、所属するアイドル・グループ「月と六ペンス」の事務所が入っている都内のビルの7階にある広いレッスン室で、全メンバーの人数分並べられたパイプ椅子の一脚に一人で腰掛けていた。

 何となれば、9時から35thシングル『思い出ファースト』の選抜メンバー発表があるのだ。

 今回は女優業が忙しくなった私の卒業ということもあって、当の本人が遅刻をする訳にはいかないだろうと、珍しく早起きをしてしまい―1時間も早く到着したのだった。

 朝食を摂らずに来たので、近くのコンビニに行って、揚げ立てチキンでも買って来ようかな? と思ったら… LINEが届いた。


〈お早うございます。藤井斎(ふじいいつき)さん。本日の選抜メンバー発表の件ですが。〉


 私は「またか」と溜め息を吐いた。

 私が加入する前からマネジャーをして下さっている、元メンバーで1期生の江下斎(えしたいつき)さんが、昨年12月初めに社内結婚をされて藤井斎さんになられてから、頻繁に「藤井違い」のLINEが私宛てに来る様になったのだ。


〈今回卒業する、副キャプテンの美月(みづき)から、『私にとっては最後のシングルになるので、同期の皆と歌いたいんですけれど』という要望が、斎(いつき)さんを通して運営側に事前に出されておりましたが―〉


 当然である。斎さんの方から「美月も、最後ぐらいは同期の皆と一緒に歌いたいでしょ?」と言われ、我が意を得たりと喜んだものだ。


〈『今まで一度しか選抜メンバーに選ばれていない「岩本理々杏(いわもとりりあ)」、「中村珠美(なかむらたまみ)」…』〉


 今や夏に神宮球場で4日間連続ライブを開催すれば、観客16万人動員出来る「月と六ペンス」のメンバーと言えば、世間の女子達からは羨ましいとしか思われていないのだろうが。

 実はグループの一員であっても(曲毎の)選抜メンバーに選ばれなければ、その曲を歌うことは出来ないのだ。

 無論、グループに加入するだけでも、数千倍の倍率を突破しなければならないのだが。


〈『そして一度も選ばれていない「阿笠綾乃(あがさあやの)」は、特に…』と。〉


 綾乃は、同じ3期生として同期なのは勿論、年齢も22歳と一緒なのだが。

 私が加入後、この7年間で、14回選抜メンバーに選ばれ、その内2回センターを務めたのに対して、綾乃は只の一度も、選抜メンバーに選ばれたことが無かった。

 グループに加入当初、歌の苦手だった私は、生来の美声の持ち主である綾乃の歌い方を参考にしていたし。ダンスも下手だったので、バレエ経験者の綾乃にいつもチェックして貰っていた。お芝居でも、(高校で)演劇部部長の綾乃に台本の読み合わせを付き合って貰っていた程だ。

 私が選抜メンバーになれたのは、綾乃の御蔭と言っても過言では無い。

 見た目だって純和風の私と違い、綾乃はロサンゼルス生まれの、カリフォルニア・ガールで。背も小っちゃく足も短い私と真逆で、背も高く手も足も長くて、めっちゃスタイル良いし。

 これで綾乃が、大学で何かと実験の多い理工学部生という「リケジョ」キャラで、グループの活動にほとんど参加出来ていなかったのでなければ…

 歌もダンスもお芝居も下手だった(加えて勉強も苦手な高卒女子の)私は、とっくの昔にグループを馘になっていたことだろう。


 私は早速、別の部署から異動して来た同い齢らしい女性スタッフに間違いを指摘して上げようと思ったのだが…


〈昨夜開かれた臨時会議で、選抜メンバーの一部変更が為されまして。最終的に決定されたメンバーの名前をお伝えしますので、ご確認をお願い致します。〉


 ケータイを操作しようとした私の指の動きが止まった。「発表前に選抜メンバーを知れるよ」という悪魔の囁きと、「他のメンバーと一緒に知らなきゃ駄目よ」という天使の声が、脳裏を過ぎる。


〈「思い出ファースト」のフォーメーションは、最後列の3列目が9名で、前の1、2列目が11名の「十一福神」となっており、計20名となります。〉


 この「十一福神」なる「福神」とは、1、2列目に配置されたメンバーを指す。1、2列目のメンバーと3列目のメンバーとの優劣を明確にする、ポジションの別称とも言えた。嫌な別称だ。


〈まず後列左端―岩本理々杏〉


「…えっ?」


 思わずに口に出して呟いていた。勿論、理々杏が常日頃努力している姿は目にしていたのだが… てっきり綾乃が来るとばかり思っていたからだ。

 今から7年前に、私が初めて選抜メンバーに選ばれた時のポジションが「後列左端」だった。

 それでも当時は飛び上がる程嬉しくて。綾乃がそんなに多くなかった給料(月給制だ)から、フルーツのいっぱい載ったケーキ(しかもホールの!)を買ってお祝いしてくれたものだが。


〈続いて後列右端―中村珠美〉


 こちらは今まで一度しか選抜メンバーに選ばれたことが無かった同じ3期生のメンバーが、順当に選ばれた。

 その後、(選抜入りや福神入り、それにセンター経験のある)4期生メンバーや5期生メンバーに交じって、3期生メンバーの名前が次々と挙がって行ったのだが…

 綾乃の名前だけは、その中に無かった。


「何で…」


 今回私が提唱した「3期生全員選抜」にはちゃんと前例があって。

 実は斎さんが卒業された時のラストシングルが「1期生全員選抜」だったのだ。言い出されたのは、見た目のクールビューティーさとは真逆で心根の優しい斎さんご自身で。

 もっともそれが実現出来たのも、斎さんのラスト写真集の圧倒的な売上部数がモノを言ったのは言うまでもない。

 やれない理由など、どこにもないのだ。

 加えてこの「思い出ファースト」という曲自体、「3期生楽曲」でもあって。

 グループ内には各期のメンバーをモチーフとした代表曲が期毎にあって、何故か3期生だけ今まで無かったのだが。

 私が卒業するということで、深夜の冠番組で3期生のメンバーで、思い出作りのグランピングに行った回の放送を見た総合プロデューサーで作詞家の方が、特別に曲を作って下さったのだ。

 3期の皆は大喜びで。

「メンバーが結婚する時は、皆で集まって(披露宴で)歌おうね。勿論、センターは花嫁で」


 …3期生皆の想いを、運営側は踏みにじる心算なのか?


 私は、番組でのグランピングの時の綾乃の姿を思い出していた。

 両親が共働きで、三人姉妹の長女の綾乃の料理をする姿が、傍から見ていても、美しくも頼もしかったのは当然として。

 他のメンバーの長いスカートに着いたゴミをさり気無く取って上げたり、調理前に手を洗う為の水飲み場を探して来てくれたり、「喉が渇いた」と騒ぐ年下メンバーに、その子の好きな炭酸飲料を持って来て上げたりしていたのだ。


 …全く、グループの活動にほとんど参加出来なかったってだけで、何で綾乃の優しさを全否定する様な仕打ちをするのよ!


 メンバーの名前がケータイに、今や私の目には無機的に並んで行く。

 一瞬私は、センター権限で(シングル発売活動を)ボイコットしてやろうかと思った。

卒業ソングのセンターを卒業メンバーが務めるのは、お約束というか決まり事なので、綾乃が選ばれないのなら私は参加しませんと。


〈最後にフロント・メンバーですが。昨夜の臨時会議で「3名」から「4名」に変更となりました。〉


 私は「おや?」と思った。

 通常、センターを含めた最前列のフロント・メンバーは(センターが中央に来る様に)「奇数」で構成されるのが普通なのだが。

 左端と右端には(これも順当に)3期生の中でも「センター」経験者で「福神」常連の2名の名前が挙げられた。

 残りの枠は2名だが…


〈今作はWセンターになります。藤井美月と―〉


 …えっ?


〈阿笠綾乃〉


 次の瞬間、私はレッスン室を飛び出すと、廊下を駆け出した。ドアが空いていた薄暗い会議室に飛び込み、後ろ手で中から鍵を掛ける。

 グループのメンバーが廊下を歩いて来る足音と、華やいだ笑い声が遠くから聞こえて来た。

 私は口を手で抑えたまま、その場に崩れ落ちた。副キャプテンとして、他のメンバーに泣いてる姿なんか見られる訳にはいかない。

 LINEには、最後にこう書かれてあったのだ。


〈これは総合プロデューサーのたっての希望でありまして。何でも偶然目にした深夜のグループ冠番組内での、3期生のグランピングの時に、阿笠綾乃が他のメンバーのスカートに付いたゴミをさり気無く取って上げたり…〉

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