第32話

『遅くなってごめんね。てか、どうしたの?体調悪いの?』



館内に入ってて良かったのに、と続ける愛しい人の名前を、被せるようにポツリと呟いた。



『…何?』


「……蘭子さんは、無理して俺と一緒にいてくれてる、の、かな。」


『え?』


「俺、前、すげーしつこかったし、それで根負けしてとか、ケガしちゃったから、その責任とかで、いてくれてるの、とか、」




言い出したら、考え出したらキリが無い。




――…本当は、ずっと考えていた。気になっていた。



蘭子さんを守ってケガをした日から半月程たっているけど


あれ以来、一緒にいる事が増えたり、距離が近くなったように思うけど




俺達は恋人同士じゃない。





今自分でも言ったみたいに、根負けや責任という気持ちが蘭子さんに生まれたのかと思うと


それを抱えてしまったが為に、傍にいてくれているのかと思うと



…ケガをした日から、いつものアピールが出来なくなってしまった。



何も聞かない優しい蘭子さんに、甘えてしまっていた。





好きで、好きで。大切にしたくて、守りたくて。


独り占めしたくて。




でも、そんなのは、単なる俺のワガママだ。




だったら、いっそ――…





―パチン!



「っ!?」



と、不意に両頬に感じた、少しの痛み。


びっくりして蘭子さんを見ると、俺のほっぺに両手を付けたまま、今にも泣きそうな顔をしていた。




「ら、蘭子さん?」


『バカじゃないの、あんた…。』


「え…?」


『わたしが、そんな理由達の為に、あんたと一緒にいたって、本気で思ってるの?』


「……、」


『…そんな訳、無いじゃない。何言ってんのよ。そんなの、あんたらしくない。グイグイ前向きにアピールしてたあんたは、どこ行ったの。』




俺のほっぺから手を離した蘭子さんは、片方を口元に持って行き、軽く鼻を啜った。


蘭子さんが泣きかけている理由がわからない俺は、手持ち無沙汰に戸惑うばかり。




少し離れた所から聞こえる、セミの鳴き声。


それが一旦静まった所で、蘭子さんがそっと、口を開いた。




『…てか、悪いのは私だよね。私、あんたに結局、何も伝えてなかったから…。』


「……、」


『私、ね、』



そこまで言った蘭子さんは、そっと顔を上げて、俺と瞳を合わした。

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