第11話 「転職と逆転のポーズ」
奈緒は、ここ数カ月、会社の未来について考え続けていた。
彼女が勤める広告代理店は、かつては勢いのある会社だった。しかし最近は業績が落ち込み、リストラの噂が囁かれるようになっている。上司は「大丈夫」と言うけれど、何を根拠にしているのかわからない。社内の空気は重く、仲の良かった同僚たちも、一人また一人と辞めていった。
奈緒は転職サイトを眺めてはため息をつく。新しい環境に飛び込む勇気がないわけではない。でも、今の会社にもそれなりの思い入れがあるし、何より転職して本当にうまくいくのか自信が持てなかった。
「どうしたらいいんだろう…?」
モヤモヤを抱えたまま、奈緒は今夜もヨガスタジオ・ルナへ向かった。
***
「今日のテーマは逆転のポーズです。」
レッスンの最初、インストラクターの沙月がそう告げた。
「逆転のポーズは、普段の視点をひっくり返して、新しい視野を得るためのもの。頭の中がごちゃごちゃしている時や、何かに行き詰まった時におすすめですよ。」
奈緒は少し驚いた。まるで自分の心を見透かされたような気がした。
「では、ヘッドスタンド(サーランバ・シルシャーサナ)をやってみましょう。」
奈緒は初めて挑戦するポーズに不安を覚えながらも、指示通りに両手を組み、頭頂部をマットにつけ、慎重に脚を持ち上げていった。
「ゆっくりで大丈夫。呼吸を止めずに。」
沙月の穏やかな声に導かれ、奈緒は恐る恐る脚を天井へと伸ばした。
視界が逆さまになる。
いつも見ていた天井が足元にあり、スタジオの床が頭上に広がる。
「ふぅ…!」
奈緒は心臓が高鳴るのを感じながらも、そのまま数呼吸キープした。
逆さまの世界は、不思議な感覚だった。いつもと同じはずの景色なのに、全く違って見える。まるで、別の世界に立っているような錯覚。
「どうですか?普段の景色とは違って見えますよね?」
沙月が微笑む。
奈緒はゆっくりとポーズを解いた。頭がスッキリして、視界がクリアになった気がする。
「人生でも、こういうことがあるんです。」
沙月は奈緒の隣に座り、静かに言った。
「同じ状況でも、見る角度を変えれば、全く違うものに見えることがある。問題に向き合う時も、逆の視点から考えてみると、新しい答えが見つかるかもしれません。」
奈緒はその言葉を胸に刻みながら、レッスンを終えた。
***
翌日、奈緒はこれまでとは違う視点で自分の状況を見つめてみることにした。
『このまま会社に残るなら、何ができる?』
『転職するなら、どんな未来が待っている?』
そして気づいた。
今の会社にいる理由が「慣れているから」だけになっていることに。新しい環境が怖いから現状維持を選ぼうとしている自分に。
その瞬間、奈緒の心は決まった。
「…動こう。」
奈緒は新たな未来に向け、転職活動を本格的に始めることにした。
逆転のポーズが教えてくれた。
恐れずに視点を変えれば、道は開けるのだと。
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