第5話 「マウント女と木のポーズ」


「へえ、美咲さんってパートなのね。うちはフルタイムだから毎日バタバタで大変!」


 ランチの席で、ママ友の奈央が何気ないふりをして言った。


「この前、主人が会社の表彰を受けてね。ボーナスもすごかったのよ」


 別のママ友、玲奈が笑顔で話す。


 美咲は笑顔を作りながら、心の中でため息をついた。


(また始まった……)


 子どもの成績、夫の年収、家の広さ、旅行の行き先。話題はいつも、どこかで優劣をつけるものばかりだった。


 もちろん、彼女たちは意地悪で言っているわけではないのかもしれない。けれど、美咲の心はいつもざわついた。


(私は何も誇れるものがない)


 そんな考えが、頭から離れなくなる。


* * *


 その夜、美咲はヨガスタジオ「ルナ」に足を運んだ。


「今日は木のポーズをやりましょう」


 沙月の声が響く。


「木のポーズは、自分の軸を見つけるポーズ。周りと比べず、自分がどう在りたいかを感じてみてください」


 美咲は片足をゆっくりと上げ、もう一方の足の内側に当てる。


 バランスを取るのが難しく、ふらついた。


「倒れても大丈夫。木も風に揺れながら、それでも根を張って立ち続けます」


 沙月の言葉に、美咲は深く息を吐く。


 もう一度挑戦。今度は、自分の呼吸に集中した。


 ふと、思った。


(私も私でいいのかもしれない)


 揺れながらも、しっかりと立つ木のように。


 美咲はそっと目を閉じ、心のざわつきを手放していった。


* * *


 翌日。


 ママ友たちの会話はいつもと同じだった。


 でも、美咲はふと、言葉を口にした。


「すごいね。でも私は、ゆっくり子どもと過ごせる時間が気に入ってるんだ」


 奈央と玲奈が、一瞬驚いた顔をする。


 でも、美咲の表情は穏やかだった。


 比べなくてもいい。


 私は私で、ちゃんと立っている。


 そう思えたとき、美咲の心はすっと軽くなっていた。


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