第30話

「多分、俺がそれを分かることはもう一生ないよ。」


まだそんな話してんのかって馬鹿にされるかなって思ったけど、幸坂先生は少し悲しそうに微笑んだだけだった。


どうして、そんなこと言うんですか。


私、もうあなたのこと好きになってしまったんです。

そんなに簡単に諦められそうにないんです。


幸坂先生をこんなに近くで眺めていられる時間が、もう少しゆっくり過ぎれば良いのになってそんなことを思ってしまっている私は、きっと面倒な生徒ですね。


私は手に持ったままだった資料を丁寧に閉じて、元あった場所へ戻した。



その動きを目で追っていた先生が、棚の中の資料の位置が微妙に変わっていることに気が付いたみたいで、口を開いた。


「このへんだけ、綺麗に並んでる。わざわざ整理してくれたんだ。ありがと。」


私の頭にぽんぽん、と二回だけ触れた先生の笑顔に見惚れてしまって、一度は落ち着いた熱が再び頬に上ったのが分かった。


雨はいつの間にか止んでいて、部屋の奥の大きめの窓からオレンジ色の夕陽が差し込んでいた。


私の憂鬱を呼び起こす雨が止んだことに気が付かなかった自分に驚きながら、私の頬を染めている赤がこの夕陽のせいに見えていたらいいな、と思った。

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