第2章 新しい世界
◆第8話 ルーシーロケット
アリーナに散らばっているグループは見たことのない生徒ばかり。鮮やかな青のラインの入ったチェックのスカートは市内の私立のだ。ああゆう制服はうらやましい。
「県内じゅうから集まっているようですね」とパペタ氏。
「私は夜の間に入れ替わったの?」
「さあ? 合宿に参加するまで気づくきっかけがありませんので」
とにかくグループを組めた。普段ならこんなにうまくいかない気がした。自分はまだ隅っこでじっとしてると思う。
「銀花がちゃんとグループを組めて安心しました」
そうだね。余裕が遠くを見渡させる。全員、七夕に願い事をしなかった者たちなのだから、仲間みたいに思えてきた。視線の先――鮮やかな青のチェックの、裕福でしかもかわいく、たぶん性格もいい女子もすっかり普通じゃないところがあるのかもしれない。
指で差しながら声に出して数えるけど途中でめんどくさくなった。
舞台の上には銀花たちだけ。
すっかり普通じゃない沢山の生徒たちのことや、銀花とグループを組んでくれた隻海たちのことを考える。今いる世界はそんなに悪くないところに見える。
メロディをいつの間にか口ずさんでいる。嫌なことを思い出した時にいつものだ。楽しい時に歌ってもよい。
んーんんん、んーんんん――
口を閉じて歌っていたけど、気持ちが乗って、騒がしい体育館で許される程度に声を出す。あまり大きくすると
「不思議な歌詞ね、替え歌か何か?」
「ううん、ルーシーロケットっていう……、外国の歌だと思うけど」
ポケットを隣にどんどん手渡していって、歌が終わったら輪の真ん中で目隠しの子が犯人を当てるゲーム、と当たり前のことを説明したけど、
シグナルだけじゃなくて、ルーシーロケットの歌や、他の色んなものも存在しないのだろうか? ちっとも生きていける気がしなくなって怯えが喉を締める。パペタ氏、パペタ氏、と心で呼びかけるが声は出ない。眼を閉じてないのに視界が薄暗くなってゆくので、自分が気を失いかけていると銀花は分かった。まだ立っているのか、倒れている最中なのかも分からず、とにかく衝撃に備えて身体に力を込める中。
「ルーシーロケット、ポケット失くした」
歌声が耳に届く。まだ薄い闇の中で銀花は思う。
――別にいいのかな。
ルーシーポケットは、とびきり良い思い出だ。でも、誰も知らなくても、だからと言って銀花の人生は変わらないのかもしれない。そう思ったところでいつのまにかぺたんと座り込んで近くなった床が見える。
「キティフィッシャー、それを見つけた。
1ペニーもないのに、リボンだけ巻かれてた」
話すのとは違う、歌い慣れた声だ。
空想ではないと分かった瞬間、銀花は意識を引き戻した。
息をのんでいるうち、歌い終わった
「ねえ、あなたは……、ねえ、あなた名前は何て言ったっけ?」
銀花は嬉しくて、自分がルーシーロケットだと言うように、自分の名を答えた。
「へえ、全然知らない、聞いたことのない名前だ」
離々はまだ漢字ノートを書き記して、読み上げる。ノートにはちゃんと銀花の名も記録された。
離々はずっと登校してなくて小学校に来たのも初めてだと言う。
歌はどこで聞いたのか覚えていないらしい。ずっと昔に、とだけ彼女は言った。
でも、銀花の不安が晴れている。
自分がルーシーロケットだとしたら、離々はキティフィッシャーみたい。そんなはずないけど、バカげた空想も今はしたい。ともかく走り回りたい。舞台は走るとドンドンと鳴るので、盛大に騒がしくクルクルとしたい。
「面白い歌詞ね、童謡みたい、リボンだけってかわいいねえ」
村一番の看板娘、みたいな笑みを見せる隻海。彼女はそういう雰囲気がある。町一番か王都で一番の看板娘は明らか変なのにみんなに愛されている。彼女の前ではアイマスクのことを口に出さない約束が固く守られている。なぜって、みんな彼女を愛しているからだ。
ぴんと伸ばした両腕を左右に揺らして
「変な踊り。もっとこう……厳か? 違う、優雅な感じにならない? ……全然違う」
踊り方を変えてみせる黒土に離々が怒る。本気で怒っているわけじゃない。
彼もふざけてるのではなく、離々に命じられて踊りは少しだけ厳かになった。
隻海も覚えて一緒に歌ってくれた。舞台の上で4人が笑っている。
もの言いたげな釦の眼をパペタ氏が銀花に向ける。
「何?」銀花は尋ねるけど。
「さあ?」はぐらかすパペタ氏。
でもいい。
願い事をしないといけないし、何からはじめればいいかさっぱり分かっていない。結局、頑張ってもムリなのかもしれない。
でもいい。
世界にルーシーロケットの歌がないよりずっとましだ、銀花は今はそう思っている――。
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