あの夜、桜は光り、音楽は舞った

コウノトリ🐣

桜の音を聞いた夜

 寒さからは解放されたが、花粉が飛び、鼻炎と目の痒みにさいなまれる時期。お父さんは朝から出かけるから車に乗るように言う。


「お花見に行くで」


 ”お花見”、そのような言葉を聞いてもうこんな季節かと他人事のように思うだけ。私は別に行きたくない。車に酔うし、花粉症がひどくなる。それでもお父さんの機嫌を損ねないように毎年、家族でお花見に行く。


 ガタガタと車に運ばれて気持ち悪くなったくらいでやっと桜の植えられている大きな公園へと到着した。毎年のように通っているこの公園の桜はいつものように私たちを満開の花びらで迎えてくれる。

 私たちの他にも朝からわざわざ桜を見に来た人たちが所狭しと桜並木の下を歩き、ゴザを敷ける場所を探している。私たちは毎年のように桜から少し離れた位置に陣取ってお弁当を食べる。


 桜が植っている以外何も面白味のないただ広いだけの公園で遊んでいる子供を眺める。あんな風に私も輝くことができたら良いのに。無邪気に笑う彼らの笑みに気力が奪われるような心地さえする。

 一応、桜も見るは見るけど散れば毛虫まみれで嫌だな、なんていう捻くれたような感想しか出てこない。桜を見るのに私は生きた年月が足りないのか、人間性が足りないのか。私の苗字、桜がひどく皮肉に思えてくる。

 散る花びらを見て世の無常を感じるような境地に至ることができていたら……何か変わっていたのかな。


「綺麗だね」


 形だけの言葉を残して今年のお花見も終了した。毎年のように心の動かないお花見。いつになったら、私の感受性は豊かになれるんだろう。




 ボーッとして見ていたお花見から幾日かして、近くの文化館のある公園で夜に吹奏楽団の公演が観覧料2000円で開かれるっていうチラシが投函されていた。けれど、音楽は好きでもお金を払ってまで聞きに行こうなんて思うほど好きなわけではなかった。

 だから、その公演を観に行くなんてその時は想像できなかった。


「楽団が近くに来たみたいやし、聞きに行ってみる?」

「お金、要ったでしょ」

「大音量やねんから離れたところから聞こえるし、行こう」

「じゃあ、せっかくやし行こっか」


 本当はマナーとして無銭観覧でやってはいけないことだって分かっている。けど、演奏している様子を見なければ問題はあるけど、ないって思うことにした。

 散歩している最中に偶然通りかかったように祖母と一緒に並んで演奏されている場所に向かった。黄色いテープが張られて入ることは防がれていても漏れ出る音は防げていなかった。


 知らないクラシック曲が演奏されて祖母と「何か分からないね」なんて言い合いながら吹奏楽団のいる木々の方に視線を向けていると毛色の違う曲が流れ始めた。それと同時に恐らくステージが大光量で照らされたんだろう。私たちの見ていた木々が明るく照らされた。


 夜闇の中で照らされた三本の木は全てが桜で花びらの一つ一つがステージからの光を浴びてうっすらと輝いている。当てられている光が強すぎるんだと思う。花びらは透けているように見えてそれが幻想的に見えた。

 濁り気の一切ない淡い光を放ってポツポツと風に揺られて花びらは落ちていく間も輝いて散っていく。その様子を投影するように『桜』を演奏するフルートやクラリネットなどの音が私たちを包み込んでいく。

 ああ、何だか良いなあ……



 来年はちゃんとお金を払って、正面から観よう。

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あの夜、桜は光り、音楽は舞った コウノトリ🐣 @hishutoria

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